ACIMワークブック291-今日は静けさと平安の日である。
2019-10-02
9月に見た夢
「今日は静けさと平安の日である。」(レッスン290)
9月15~18日にかけてゆるゆるやっていたワーク。しかも第二部に入ってから、さほど主題概念に意識を向けないでいる。 (さらに…)
奇跡講座を日々ゆっくり学習しています。そこから感じたことや日常のことを書いてます。
奇跡講座ダイアリー
2019-10-02
「今日は静けさと平安の日である。」(レッスン290)
9月15~18日にかけてゆるゆるやっていたワーク。しかも第二部に入ってから、さほど主題概念に意識を向けないでいる。 (さらに…)
2019-10-01
5店もメガネ屋さんを回ったのに買う店を決められなかった。はぁ。
それは、あたかも武術家が道場やぶりをしようと他道場の門前まで出向くも、どの道場でも「たのも~」と声をかけられず肩を落として戻ってきた…かのような気分だった(たとえが返ってわかりにくい)。 (さらに…)
2019-09-30
10月からの消費税増税を前に、世間の空気のざわつき感がある。
私ー、欲しい物、あるかな?と思いをめぐらす…と、あった、欲しい物というより要る物! (さらに…)
2019-09-26
1回1,000円で3回、タイトルに「訳して楽しい」と付いていて、つい気軽な気持ちで申し込んじゃった翻訳講座。
今日がその初回だった。 (さらに…)
2019-09-24
今朝の散歩道。彼岸花にちょうちょが止まって蜜を吸ってた。ちょうちょ見たの久しぶりだ。
9月初め、“天使”ふうせんさんの導きでMASATOさんの「ACIMメモ」ブログに「ACIMを英語で読むためには①」という記事を見つけ、「ACIM本をそのまま英語で読めるようになろう!」と決意した。 (さらに…)
2019-09-23
初秋の三連休の最終日。連休は私には直接関係はないのだけど、町の空気が緩むので影響大。夏の暑さが少し和らいで体が楽になってきた。今日は風がとっても強い。外ではすさまじい風音だ。 (さらに…)
2019-09-19
「私の現在の幸福が、私の見るすべてである。」(レッスン290)
これは、「今日、私が兄弟の過去を忘れることができますように。」(レッスン288)、「過去は終わっている。それが私に触れることはできない。」(レッスン289)に続く“過去手放しシリーズ”のまとめかな? (さらに…)
2019-09-18
レッスン288「今日、私が兄弟の過去を忘れることができますように。」に引き続き、過去を手放すよう促すワーク(のようだ)。 (さらに…)
2019-09-16
結局のところ、この主題概念が身についていないから、私はなかなか前進できないんだな~と思う。
兄弟の過去だけじゃなくて、起こったことすべてを忘れてしまいたくない。 (さらに…)
2019-09-13
おとといのユング講座、少し遅刻してしまった。バスに乗り遅れたのが理由だけど、もしかしたら、前回先生に差し上げた『神の使者』、先生が読んじゃってたら、どうしよう?…とビビッていたので行きにくかったのか。
宇宙の次元上昇のおはなしをされていた先生に「The Disappearance of the Universe(宇宙の消失:『神の使者』原題)」とは…「ケンカ売ってんのか」と思われちゃわないか…と。幸い?まだ読んではおられないようだった。 (さらに…)
2019-09-12
今朝、すっかりファンになっているブログ「すべてがユルい春子の日記」を読んで、なぜか涙が出てきた。そして気づけば、声をあげてわんわん泣いていた(深夜に更新されるブログ、展開ぎ気になりそれだけ朝イチで見ちゃう)。
どこに反応したんだろう?こんな声をあげて泣いたの、いつぶり? (さらに…)
2019-09-11
『Journey through the Text of A Course in Miracle』シェアの会がスタートしてから3ヶ月余り“英語アレルギー”の他にも気づくことがいろいろとあった。やっぱり、ひとと触れ合う、直接会う、話すって大事だなぁ。。。 (さらに…)
2019-09-09
「父よ、今日は何と静かなのでしょう。もの音一つたてず、すべてのものがあるべき場所に納まっていきます。今日という日は、自分は何もする必要はないという学びを、私が理解するようになる時として選ばれた日です。」(W-pⅡ.286.1:1-3) (さらに…)
2019-09-06
先月の『Journey through the Text of A Course in Miracle』シェアの会後、ようやく自分の“英語アレルギー”(読む方)を自覚できた。
話す方のアレルギーには気づいていたけれど、学生時代「得意科目」だったはずの英語、読む方もだったとはなかなか気づけなかった。認めたくなかったのか。道理で引っ越しを経ても持ち続けている英語の本が結構あるけど、読んだことないわけだ。