そもそもなんで“ユング講座”を?

2019-07-31

ユングを学び始めたきっかけは『アーティスト・ウェイ』

すこし前に「そもそもなんでユング講座を?」と聞かれ、そういえば…、と昔のことを思い出していた。

カルチャーのユング講座を初めて受講したのは2002年5月だ。最初は週1のクラスと月1のクラス両方に出ていた。 (さらに…)

シェアの会と、むかしの“初回夢”

2019-07-29

時間を忘れたシェアの会

私が金曜慌ただしくJourney through the Text of A Course in Miracle』の感想文もどきを書いたのは、週末本読みのシェアの会があったからだった。

もちろん「感想文」を書いていくなんて決まりはない。それどころか前回仲間が「本がまったく読めなくても、ブログ記事なんて1個も書かなくてもいい、来ておしゃべりするだけでいいんですよ~」と。その言葉が私を癒してくれた。 (さらに…)

『Journey through the Text of ACIM』④-第1章の始め(p26~29)

2019-07-26

第1章の構成

6月から読み始めたワプニック先生の『Journey through the Text of A Course in Miracle』の7月分の備忘録。

節に数字は振られていないのだけど、勝手に付けると、第1章は、 (さらに…)

警察から電話ーアホは治らん、いや加速?(´-`;)

2019-07-25

警察からの電話に、私何かしたんだ!?とビビる

めったに鳴らない家の電話がなった。

取ったら「○○警察署です。」

瞬間的に、私なんか悪いことしたのか!?と固まる。 (さらに…)

ACIMワーク279-被造物の自由が、私の自由を約束する。

2019-07-24

第二部に入ってから、主題概念をぼんやりやり過ごすことが多い。とくに、神の子やキリストがよく出てくるところはかすかに抵抗感があり曖昧なまま通り過ぎている。

今日の主題概念「被造物の自由が、私の自由を約束する。」もそんな感じ。

被造物は自由だ。 (さらに…)

Evernoteの存在を教えてもらった!

2019-07-23

ACIM仲間からいただいたもう一つのギフト

『Journey through the Text of ACIM』を読んでいくことになった会(長ったらしい…、もうずいぶん前だ)、一緒にACIMについて話せることはもちろんうれしいが、私にとって想定外にワクワクした出来事が―

それは、Evernote(の存在)を教えてもらったこと! (さらに…)

引っ越しから1年と1ヶ月

2019-07-22

しばらくぶりで旧居の町へ

先週たまたま旧居の近くにあるレストランで友人とランチ。

しばらくぶりで行った旧居の町は活気が増していた。細胞レベルではまだこちらのほうが親しんでいて共鳴するなぁと思った。

駅前通りにマッサージ店ができている。あれ、前は何屋さんだっけ?…思い出せないなぁ。 (さらに…)

『Journey through the Text of ACIM』③-訳する必要はないのだけど

2019-07-20

『Journey through the Text of ACIM』プロジェクトその後

ゲイリーさんの4月セミナーで出会って自然な流れでできた『Journey through the Text of A Course in Miracles』 を一緒に読むプロジェクト

英語力の差が大きく他のメンバーには付いてけない、どうしよう(・Θ・;)、と思ったけど、それぞれが自分のペースで自分のところを読んで自分が読んだ箇所についてシェアするかたちに落ち着き、ほっ(^。^;)、前回初回のシェアを終え、もうすぐ2回目へ。 (さらに…)

ACIMワーク278-私が束縛されているなら、私の父も自由ではない。

2019-07-19

凄惨な放火火災のニュースを見て

もし私が、生命あると思える一切のものが死んでいくかに見える世界で、自分は一個の肉体に閉じこめられた囚人だということを受け入れるなら、私の父もともに囚人だということになる。」(W-pⅡ.278.1:1)

そしてまた、もし、世界が従っている法則に自分も従わねばならず、自分が知覚している脆弱さや罪は実在から免れないものだと主張するなら、私はそれを信じていることになる。」(W-pⅡ.278.1:2) (さらに…)

ACIMワーク277-自分で作り出した法則で、私があなたの子を束縛しませんように。

2019-07-17

ACIMワーク277-自分で作り出した法則で、私があなたの子を束縛しませんように。

偶像を崇拝しないようにしよう。そして偶像崇拝が神の子の自由を隠すために作り出そうとする法則を、信じないようにしよう。」(W-pⅡ.277.2:1)

神の子は自分の信念以外の何によっても束縛されない。しかし彼の本性は、彼が隷属を信じるか自由を信じるかといったことを、はるかに超えている。彼は父の子であるからこそ自由である。」(W-pⅡ.277.2:2,3) (さらに…)

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