ACIMワークブック313-新しい知覚が私に訪れますように。

2019-12-31

新しい知覚が訪れますように

キリストの目は赦された世界を眺めます。彼の視覚の中では、世界のすべての罪が赦されています。彼の視覚の中では、世界のすべての罪が赦されています。彼は自らが眺めるものの中にまったく罪を見ないからです。」(W-pⅡ.313:1.4-5) (さらに…)

今年最もびっくりした瞬間

2019-12-28

ひぇ、だれ?

それは、4月14日。ゲイリー・レナードさんの東京ワークショップ2日目が終わってまもなくだ。 (さらに…)

ACIMワークブック312-私はあらゆるものごとを、自分が望む通りのものとして見る。

2019-12-27

知覚は判断に従う

知覚は判断に従う。すでに判断したからこそ、私たちは自分が見たいと思ったものを見る。」(W-pⅡ.312:1.1-2) (さらに…)

ACIMワークブック311-私はあらゆるものごとを、自分が望む通りのものとして判断する。

2019-12-24

判断せずに生きる…?ん?あまり考えないことにしよう

判断というものは、真理から身を守る防衛の武器として作り出された。それは判断されている対象を分離させ、あたかも別個のもののように引き離す。それからそれを、あなたが望む通りのものに作り上げる。 (さらに…)

ACIMワークブック第Ⅱ部‐10.最後の審判とは何か

2019-12-23

最後の審判とは訂正という贈り物

「最後の審判」は、この間テキスト解説本『Journey through the Text of A Course in Miracle(JTTA)』2章でも見たところだ。 (さらに…)

ACIMワークブック310-恐れず、愛を抱いて、私は一日を過ごす。

2019-12-21

恐れず、愛を抱いて、今日を過ごす

父よ、私はこの一日をあなたとともに過ごします。」(W-pⅡ.310:1.1) (さらに…)

ACIMワークブック309-今日、私は内側を見ることを恐れない。

2019-12-18

永遠なる無垢性

私の中に、永遠なる無垢性がある。それが永遠にそこにあることが神の意志だからである。」(W-pⅡ.309:1.1) (さらに…)

『Journey through the Text of ACIM』(16)-2章 最後の審判-プロセスの終着地点

2019-12-17

「最後の審判」…ACIMによる伝統的キリスト教概念の再解釈

[caption id="attachment_7751" align="alignleft" width="380"] 一般的な「最後の審判」のイメージ[/caption]

「最後の審判」も時おりACIMで見かける、伝統的なキリスト教概念のイエスによる再解釈だという。 (さらに…)

『Journey through the Text of ACIM』(15)-2章 赦し

2019-12-16

先週末のシェアの会、話すことで腑に落ちていく

土曜日、テキスト解説本『Journey through the Text of A Course in Miracle(JTTA)』のシェアの会があった。 (さらに…)

『Journey through the Text of ACIM』(14)-2章 心の力:原因と結果②

2019-12-13

ワプニック先生のテキスト解説本『Journey through the Text of A Course in Miracle(JTTA)』の第二章「分離と贖罪」の6節「心の力:原因と結果」の後半のざ~っくりまとめ。 (さらに…)

←古い記事を見る