2017-03-28
レッスン92:奇跡は光の中で見え、光と強さはひとつのものである。
最初にこのワークは前のレッスン91「奇跡は光の中で見える。」の延長だと書かれている。
今、私たちは肉体の目でこの世の様々なものやことを見ていると思っているが、ACIMの中でイエスは実は真に見てはいないのだと言っている。また脳で様々なことを考えていると思っているが、実は真には考えていないのだと言う。
肉体の目…真に見ることはできない。
肉体の脳…真に考えることはできない。
肉体の目では闇しか見えない。それはエゴの弱さに拠って立っているから。エゴの闇の世界が見えているのだ。
神の強さの光があってこそ、私たちは真に見ることができ、考えることができるのだという。
光=強さ…自己 …愛し赦す
闇=弱さ…エゴ(偽自己)…裁き咎める
そうであれば、私たちに必要なのは光と強さである。
レッスン92は肉体の目を閉じ、真の自己に出会えるよう聖霊に導きを求める。この20分の練習を2回。
ワークをして
以前は朝晩短い瞑想していたこともあったけど、20分目を閉じて心を鎮めるということが久しぶりだった。
睡眠以外では、ネットやスマホ、テレビなどの音や情報、刺激にさらされ続けている。
そして、たいして忙しくなくても、何かやるべきことに煽られているような感じが常にある。
煽られ感というのはエゴからのものだろう。何にもなくても、アワアワしてしまう(要はビビリ)。
こういう時間のリズムは、故郷に帰省した際には別ものになる。自分の生活圏じゃないためか、時間がゆったり感じられ一日が長く感じられる。1時間という時間の体感がまったく変わって長くなる。「あれ、まだこの時間か」と思うことがしばしば。それがとっても不思議。
「忙しい」は「心を亡くす」と書くとはよく言うけど、実際心を亡くしているのかもしれない。現代人が忙しくするのは、真に見て感じることをしないで済むようにするためかもしれない。
改めて、心を鎮める、というのも、私に必要なことだなと思った。