2016-08-29
8月最終週。けっこう涼しくなって暑さは一息。
台風10号がリターンして戻ってくるらしい。あさってあたり東北が大荒れだとか。農家の方は気が気ではないだろう。お天気、なんかやっぱり極端だ。私は、ぎっくり腰が長引いて思うように動けずイラつき気味だった。
レッスン55。下の5つの主題概念を復習。
21)私はぜひとも別な見方でものごとを見たい。
22)私が見ているのは復讐の一形態である。
23)攻撃的な考えを放棄することで、私は自分の見ている世界から脱出できる。
24)私は自分の最善の利益を知覚していない。
25)私は、何が何のためにあるかを知らない。
レッスン21~23
私たちが見ている世界は、「あらゆる者があらゆるものを攻撃する図を描いた映像」(l22)だ。そして「こうした映像を生じさせているのは、私自身の攻撃的な考えである」(l22)
したがって「攻撃的な考えを放棄することで、私は自分の見ている世界から脱出できる」(l23)
すなわち、攻撃的な考えがあるからこそ、それがゲンジツ世界に投影されているわけで、それがなければ、こうした世界が見えているはずはない。だからこそ、攻撃的な考えを手放すことによってのみ、私たちはリアルな愛の世界を見ることができる。
ここでいう攻撃的な考えは、人に対する攻撃や怒り、侮蔑といったものもそうだし、自分に向けられた過度の自責や自己嫌悪、さらに広くは過去への後悔の思いや未来への心配といったものも含まれるのだろう。
自分が攻撃的な考えを持っている時には、逆に周りに攻撃されている、と知覚してしまう。だから正当防衛せねば…とやっていると、それをどんどんゲンジツ化してしまって、ますます攻撃的な世界に住まうようになってしまう。
それが、今私たちが向かっている世の中なんだろうか。
先週はサマーランドで女性客9人が何者かに刃物でお尻を切りつけられる事件があったり、二世俳優の強姦致傷事件があったり…と、強い攻撃性が見ず知らずの女性に唐突に向かられたかのようなショッキングなニュースが続いた。
これも私の攻撃的な考えの投影なんだろうか。私が持っている攻撃性が、こうして世の中に投影されているんだろうか。
私がニュースをつい見てしまって反応しているということは、私ともちろん関係あるんだろう。
『神の使者』だったか、その次の本だったか、ゲイリー・R・レナードさんの著書で、アサンディッド・マスターのパーサが、
「これまでの前世で人を殺したことのない人なんていないのよ」と言っていたのを思い出した。
私たちは、加害者になったり被害者になったり、役どころを変えながら、いわゆるカルマをくりかえしていくという。そしてその二元性のダンスは永遠に形を変えながら続く。
もちろん、この世界でのルールに従って罪を償うことは必要だけど、この現実と呼ばれる世界が実は幻想だと認めて、それを赦すこと。それだけが、幻想に力を与えず、攻撃の世界から愛の世界へ移る道なんだ。
ただ、当事者にとって、それは計り知れないむずかしい道だろうとも思う。そして、何かしらの当事者でない人は、この世に生きていない。
レッスン24,25
私たちはいつも目標を立て頑張る。自分にとって「最善の利益」(l24)を求めて。それは仕事の成功だったりおカネだったり社会的名声だったり、受験や資格の合格だったり、恋愛だったり結婚だったり、子宝を授かることだったり…。
だけど、ACIMはそもそも「自分が誰であるかを知らないというのに、どうして自分の最善の利益が認識できるだろう」(l24)と言う。私たちが最善の利益だと思っていものは、私たちをこのゲンジツの世界につなぎとめるだけのものだと。
「私にとっては、あらゆるものの目的は、私が自分自身について抱いている幻想が実在のものだと証明することである」(l25)
つまり、私たちは、ただこの幻想のゲンジツの世を、お互いに支えあっているだけ、ということ?
「世界の真の目的」(l25)とは、この世のすべてを幻想だと認めて赦すこと、それによって実相世界へ戻るためのもの。そのための仕掛けだと認識して用いること。
それはエゴに支配され、幻想を現実と信じ込み、暗闇で手探りで歩いているかのような私たちにとっては非常にむずかしいことだ。自分だけじゃできないと認めて、「それを見つけられるよう神が私に与えてくれた導き手に喜んで」(l24)従うことが、今できる最善のことだと言う。
この「神が私に与えてくれた導き手」こそ、ホーリースピリットだ。勇気を出して、ホーリースピリットの内なる静かな声を聴き分け、それを生きること…なんだな。
気づくと、長々と解釈ともいえないワークブックの書き映しになってしまった。私には「復習」になっているけど、とてもダイアリーとは言えないなぁ。ACIMを学習していてわからない点を掘り下げたいとも思うけど、何がどうわからないのか文章化するところまでできていない。
ホーリースピリットは私に何を求めているのか。
私はちゃんと聴けているのか。