日々のこと・きもち

「クマのプーさん展」に行ってきた&絵本『光のテーブル』

2019-03-21

「クマのプーさん展」に行ってきた

きのう渋谷文化村で開催している「クマのプーさん展」に行ってきた。


私が絵本づくりに興味があると話したこともあって、チケットを持っていた友だちが誘ってくれたのだ。

「クマのプーさん」は、イギリス人の作家A.A.ミルンが1920年代に発表した児童小説。挿絵はE.H.シェパードで二人の共同制作によるものだ。

英国ヴィクトリア&アルバート博物館からの原画が多数展示されていて、ディズニーと契約する前の最初のプーさんのデッサンや主要な登場人物、森の地図なども展示してあった。


登場人物を8名(匹)と人間が一度に認識できると言われる7前後に合わせ、その中にネガティブキャラのロバを加えるあたり、最初からある意味“戦略的”にうまく設計されていると感じた。

最初のキャラクターのデッサンは鉛筆でのラフスケッチで、そうやっておはなしができていくんだな~ととっても参考になった。

プーさんの後ろ姿、とくにおしりの丸みがとってもかわいくて、やっぱり丸いって魅力だよね、小熊のサイズ感もいいよね、と話しあった。

展示会後ランチを取りながら、近況や最近の関心事などいろいろ話した。

友だちは私が『奇跡講座』なるものに熱心なのは知っているが、その内容まではよく知らない(私が話していない)。

私は『奇跡講座』を素晴らしいものだと思っていてそれを伝えたい気持ちがあるけれど、難しいし万人向けとは言えないので、そのエッセンスみたいなものを含んだ易しいおはなしみたいなものを作りたいと思っているんだけど、と話した。

友人はいろいろ質問してくれたりアドバイスしてくれたりした。

私は話しながらも、絵も文も自分でつくるのはパワーの要ることだし、私には未だ『奇跡講座』を伝える覚悟もない。何かやるとしても『奇跡講座』とは関係しないおはなしからかな、などと考えていた。

貴乃花の絵本「光のテーブル」、おおっー

その夜ご飯を食べた後何気にテレビを見ていたら、「今日貴乃花があらたな職を発表する」とかやっていた。

見るでもなしに見ていたが、その職業はなんと「絵本作家です」と発表され、

えっ、絵本作家!?

とびっくりした。

今後の夢で番組上のネタみたいなものかな、と思っていたら、その後すでにできあがっているという絵本が発表され、貴乃花さんが自ら朗読、という流れになった。

『光のテーブル とっても大切なカエルのおはなし』という本。

絵を担当したのは、あのパラパラ漫画で有名なお笑いタレントの鉄拳さんだという。

今、ネットで検索したら絵本がそのまんまYoutube、鉄拳公式チャンネルに載っていた。

飛ぶのが得意なカエルの子が、自分の力を見せたいと母の反対を押し切って、隣の国のカエルとびコンクールに向かうお話。

すごくすごく頑張ってカエルとびコンクールで優勝するまでになり、欲しいものはすべて手に入れた。だけどだけど満たされなくて…。

おはなし、すごくいい。

鉄拳さんの絵もすごい…素敵。

聖書の「放蕩息子」のお話と被る部分もあり、私がそういう見方で見るからか、神の家に戻るという『奇跡講座』のエッセンスが含まれているようにも感じた。

つい15歳で相撲界に弟子入りした貴乃花さんの人生と重ねちゃって泣けてきちゃうところもある。

「絵本作ってみたいな」と漠然と思いつつなーんにもしていない私。

なーんにものしていないのに、敗北感。

いやなーんにものしていないから、敗北感なのか。

何に敗北している気がするかというと、やっぱり「表現する」ということに対してかな。

絵本のつくりかたやその可能性について、いろいろと刺激を受けた一日だった。

『奇跡講座のメリットって?』に、やはり即答できず(・・;)

2019-03-18

Tokyo Wordpress Meetupというイベントに参加


土曜日、友だちに誘ってもらってTokyo Wordpress Meetupというイベントに参加してきた。

Wordpressという無料のサイトやブログを作るしくみに興味がある人が集まって、自分のノートパソコン持ち込みで作業したり教えあったりする会だ。

今回第5回とのこと。全国各地月1ペースでやっているらしい。

この「奇跡講座ダイアリー」というブログもWordpressで作っている。「これならつくれる!おしゃれなホームページ」という本で提供されていたテーマ(テンプレート)を利用した。

かわいい雰囲気が気にいって選んだのだけど、ブログ用に作られたものではなく、また4年前に発刊された本のまんまで古くなっているから、Wordpressのカスタマイズの仕方とか学びたいと思っているのだ。

Wordpress Meetupは具体的なレクチャーを受けるような場ではなかったが、なかなか刺激的でおもしろかった。

まず、受付もなく出入りも自由なのかな?とてもオープンなところ。

そしてその人のやりたいことや習熟度に合わせて、机を配置してにわかグループや進行役を決めて進めるところなど。

そもそも無料のイベントで善意に乗って進んでいくので、ニーズが満たされないと不満を出す人もいない。新しいことをやりたい人の気に充ちていた。

「奇跡講座をやるメリットは?」

私が入ったグループは9名で、その中の5人でランチに行った。私と友人以外は起業している男性だった。

戸惑ったのが、やっぱり「奇跡講座って?」という質問。

ランチに向かう途中一人の方に聞かれたけど、端的にどう説明するべきか。普段からひきこもっている私には、初対面の方と話すだけでもハードルが高い…

「あえていえばスピリチュアル系のなかの一つかな?」と私。

「それをやるメリットは?」と男性。

そうだよね、そう聞くよね、ふつう。

メリットねえ-と一瞬固まる私。

この世でのメリットを期待してなら、

Nothing. 何もないー(赦しの結果映し出されるゲンジツも変化するだろうけどそれはメリットという狭い定義には入らない)。

でも、真実を言えばEverythingだ。

これをどう説明しよう?

「あ…、怒ったりしなくなるかな」と私。

「たしかに見るからに穏やかそうですもんね」と男性。

あ゛…。ウソだ。

表情に出にくいだけで、私は未だ気が短いほうだし、

奇跡講座を字面で学んでいるだけど、実践のほうは決して進んでいないから。

でもこれはまた別のはなし。

これをちゃんと説明する器量は私にはない。

奇跡講座を軽い会話で説明するのはむずかしい。とくにこれから社会に自らの力を発揮して天下を取ってやろうなどと思いがちな若い男性には。

「この世でのいろんな執着心を手放していくの。それで心が穏やかになるの」とやっと答えたけど、回答になっているか。

相手の方だって、すごく興味があって知りたいわけじゃないから、テキトーに楽しく答えればいいのに、そのコミュニケーションスキルに欠け距離感もわからず、戸惑ってしまった。

でも、籠りがちな人間にとってはこういうところに行くことがまずチャレンジだから、私にとってはこれは大きな一歩なのかもしれない。

何も持っていなくても幸せそうな謎の人をめざす!?

いま、ふっと思った。それに即答できなくても、

な~んか魅力的な人になれればいい。

若さもなく美しさもなくキャリアもなくおカネもなく、結婚もしておらず子もなく、

どこからどう見ても“人生の負け組”(死語?)…でもあの人なんか幸せそうだよね、感じいいよね、秘訣って何かな?と思ってもらえるようになるのだ。

そしてその秘訣を聞かれたら、「奇跡講座よ」とにっこり答える。

こういう風になれたら、最高だな。

しかしこれはこれでさらにハードル高し!?

“『奇跡講座』の効果”

2019-03-09

SEO講座に行ってきた

全3回のSEO講座の最終日。風は強かったが日差しは暖かかった。

公園の鴨のカップルもいくぶん緩んでいる気がした。

SEOの話は知らないことだらけで、これはこれで奥が深そうな話だった。

検索サイトにサジェスト機能というのがある。ある検索語を入れたら「次の検索語はこれではないですか?」とそのワードを表示してくれる親切な機能だ。

どの検索サイトか忘れたけれど検索窓に「奇跡講座」と入れたら、次にサジェスト機能で「効果」と出てきた。

「奇跡講座の効果って何だ」と検索している方が多いのだろう。

これはおもしろい、と思った。

それだけ奇跡講座が広まってきたということだろうか。

実際に奇跡講座(ACIM)を学んでいる人は、その効果を改めて検索しようとは思わないのではないか。

効果というのは、この世での効果、効用。

奇跡講座を学ぶ → こんな効果がある、という関係が成り立つ。

奇跡講座は、この世を映画のように内側から見せられている幻想だと見る。その真の因果が成り立たない世界での結果と見えるものに執着せず赦すことが、その中核だと思うから、「奇跡講座ってどんないいことがあるの?」という発想は真逆だと思う。

結果を求めるものではないのだ。でも、その学びの姿勢によって副次的にこのゲンジツでの結果も付いてくる。

説明がヘタだけど、そんな気がする。

私が感じた“奇跡講座の効果”

でも、この機会に改めて、“奇跡講座の効果”を考えてみた。私だけの狭い経験だけど。

1.まずひとつめは、スピリチュアルや自己啓発関連の本を読まなくなったこと。効果と言えることかどうかわからないけど。

これまでいろんな本を読んで、ふーむなるほど、と思い、またしばらくして他の本を読んで、ふーむなるほど、と思う。その繰り返しだった。

『奇跡講座』の考えを知って、わからないながらも、「これこそ真実」と感じ、他書に答えを求めることがなくなったのだ。ACIMの本を読むだけで精いっぱいでその時間もない。

2.死への恐怖が和らいだ

私は死への恐怖が強い人間だ。今も怖い。

しかし自分を肉体とは見なさない教えが浸透するにつれて、死への恐怖が少なくなってきた。本来の私は神の子であり死ぬことはない。不死だ。

3.ネガティブな感情を人にぶつけることが少なくなり、自分に嫌なことも起きにくくなった

これまでは、何か嫌な気持ちになると、それはこんな気持ちにさせた○○のせいだと被害者的に感じていたし、その感情をそのまま相手にぶつけてしまうこともあった。

けれど、今はそれは自分自身の内側にあるものを鏡のように相手にかぶせて見ているのだという理屈を学んだ。

渦中にいるときにそれを思い出すのは難しいこともあるが、いったん落ち着いて赦してから行動すると、負のスパイラルに陥ることもなく周りの人との関係性が良くなった。

思いつくまま3つ挙げた。

他にもいいこと、たくさんある。

人生が生きる価値のあるものになった、とか。

一生を懸けられる喜び!とか。

こんなに素晴らしいと思っているのだけど、実践はなかなかむずかしい。

けっこう、すっ転んで感情大爆発させちゃうこともまだまだある(>_<)

もてなし英語講座、最終回

2019-03-07

1月から開催していた全8回の「もてなし英語」が終了した。

最終回は締めとして?英語プレゼンテーションが設定された。グループごとにテーマが定められ、メンバーそれぞれ持ち時間4分程度でスピーチするのだ。

私は半日かけてプレゼンテーションボードとスピーチ原稿を準備。肝心のスピーチの練習はまったくできなかったが、何とか無事?終えることができた。ほっとした。

中にはスティーブジョブズさながらという堂々としたプレゼンテーターもいた。

すごい、いいなぁ。

私は英作文づくりは、(正しいかどうかはともかく)辞書やネットを使って何とか時間をかけてやる。

でも質問されたりフリートークだとかになると、未だカタコトも話せない。一言二言単語をあわあわ言うのが精いっぱいだ。

やっぱり語学習得には時間がかかるなぁ。

今回の収穫は、一般の日本人でも流暢な英語が習得できるとわかったこと。

私は勝手に特別な人だけが英語が話せるんだと思い込んでいたが、そうではないらしい。一見普通の老若男女の区民がみんな流暢に話していた。

脳のどこかが決定的に違うのかな(私は最近人と話すことが少なく日本語も出てこない(^_^;))

私もペラペラになりた~い。

4月13日ゲイリーさんのワークショップ行けることになった時のために(まだ参加費も振り込めてないから不確定)、彼と直接話すことを想定して伝えたいこと英作文作って練習しようかな。

本当はヒアリングもちゃんとできて通訳さんなしでも理解できたら素敵だけど

英会話に対するモチベーション上昇中。

春の訪れとゲイリーさんの来日が相まって、ワクワクする。

ゲイリー・R・レナードさんのワークショップ申し込んだ!♪

2019-03-06

ワークショップ申し込んだよ

ゲイリー・R・レナードさん4月来日ワークショップ、の情報を知ったのが先週土曜。そして一昨日ダイアリーにそのことを書いてた。

そして、昨日、申し込んだ!!(振り込みはまだだけど)

一昨日のブログにくさちゃん(本来ならくさちゃんさんと書くべき?)がコメントをくださって、ご自身が2年前京都でのセミナーに参加なさった際のブログ記事を紹介してくださった。その文章がとても美しかった。

くさちゃんは、ゲイリー・R・レナードさんのワークショップに関するブログ記事2つに加え、申込先のWebサイトアドレスも貼り付けてくださっていて、一日の仕事の後で疲れているだろうに、そういった手間をかけてくれたことがありがたくうれしかった。

私はどうも素直ではなくて、スピリチュアル系のことが好きなわりにシニカルに見てしまう一面がある。

外国人講師の方の来日ワークショップは、当時好きだったソニア・ショケットさんの東京でのワークショップに2007年参加したのが最後。約7万円という参加費を頑張って工面して参加したのを思い出す。思えばもう10年以上経っている。

ソニアさんのポジティブでアクティブなワークショップはとても楽しかった。

反面みんなが一つの雲に乗って限定付き“ポジティブキャラ”になっていくような印象を受け、かすかな違和感も感じた。ソニアさんになにか問題があるとかいうんじゃない、ただ私がワークショップの雰囲気に完全に乗り切るということができなかった。

ものすごく好きでシカゴの自宅までリーディングをしてもらった先生だったのに。個別にリーディングしてもらった時の体験がアメリカへのひとり旅と相まって強すぎたのか。

好きなもののすぐ近くにエゴが張りついている?私

どうも私は自分が好きなもののすぐそばに強固なコンプレックスというかエゴが張り付いているようだ。

だから、好きなものに素直に近づけない(家のパソコンで『奇跡講座』の検索すら気合いを入れないとできないし、スピリチュアル系のブログもめったに読めない)。

何らかの怖れだ。

私は『神の使者』を自分の人生のなかで最も大切な本…と思っている。だからこそこの最も大切…と思っている気持ちも守りたい。

最も重要で大事にしているものにぴったりと貼りついていて自分を制限する恐怖とエゴ。

それこそが赦すべきことなんだろうな~と、思う。

くさちゃんのコメントは、

「めったにお会いできない人ですよ~。

ぜひぜひ~\(^o^)/」

で締めくくられていて(勝手に掲載、くさちゃんすみません)、

そのピュアさと素直さに私の殻が解けていくのを感じた。

ありがとう、くさちゃん。

4月13日というともう1ヶ月じゃないか。その頃はもう桜も散っているね。

わー!

ワークショップが終わって1ヶ月後とかにその情報を知ったら、かなりのショックだったろうなぁ。

よかった。

なんたって、いつかアメリカとかに行ってACIM関係のワークショップに参加できたらと思って英会話をやっているのだから、それが日本語で東京で聞けるのだから!

『神の使者』 著者のゲイリー・R・レナードさん4月来日!?

2019-03-04

週末またまたWeb講座へ

週末、土曜も日曜も東京都主催のWeb関連講座に出ていた。

土曜はいわゆるSEO対策。日曜はWeb環境に関する基礎知識とトピックのような内容だった。

日曜日のテキストは『キーワードで学ぶ最新情報トピックス2019』という先月19日に発刊されたばかりの本。

扱われているキーワードが、「LINE」「TwitterとInstagram」「YouTubeとニコニコ動画」「クックパッドと価格.com」「Webサーバーとブラウザ」「LANとWi-fi」「コンピュータウィルス」などなど。

2019年現在の情報コミュニケーションに関すること何でもかんでも(パソコンやスマホは用いず)座学で広く解説という講座だった。

受講者は私と同様昭和世代が多め。

こういうものはいくら言葉で説明されても、自分が実際やっていなければわからないし、やっている人にとっては、何を今さらだろう。

それを先生が言葉で解説してくださるのが、シュールだった。

でもテキストは最新のベースのベースがよくまとまっていて、勉強になった(問題はそれを私がどう活かせるかだけど(^_^;))

えっ、ゲイリー・R・レナードさん来日!?

土曜日のSEO対策…こちらはパソコンに向かいながら作業を伴う講座だった。

そこで授業の合間、ふだんはしない『奇跡講座』(ACIM)関連のことをGoogleで検索してみた。

私は自分が「奇跡講座ダイアリー」などというブログをやっているくせに、『奇跡講座』やスピリチュアル系のことをネットで見ることはまずない。

エゴのはたらきなのか、心がざわついてしまうのだ。家ではACIMのことを検索したりはしない(できない)のだけど、授業中『奇跡講座』や『神の使者』のキーワードで検索してみた。

そこで発見したのが『神の使者』の著者、ゲイリー・R・レナード氏4月13日来日のニュース

おお、これは…!!

関心のある方なら、こういうことはちゃんとアンテナが立っていてずっと前に情報が入っていることだろうけど。

私はここで知った。

『神の使者』といえば、私が『奇跡講座』に出会うきっかけを与えてくれた本だし、続編も含めてくりかえしくりかえし読んでいる本。いつかゲイリーさんのワークショップにも出てみたいと思っていたけど。

こんな大事なことも知らずにのうのうと生きていたなんて。。

行くべきか…

今からでも申込みできるのか…

心がざわざわ、頭がぐるぐる。

彼個人を崇拝しているわけではないけれど、話は聞いてみたい。アメリカに行かずとも聞けるこれは大きなチャンスなのでは?!

すぐにいろいろ調べればよかったけれど、Web講座受講後心のエネルギー残が乏しく、まだ調べたり、決断したりすることができないでいる。

今回のWeb講座はこ既に申し込んだという友人に誘ってもらい、追加募集の最終日ぎりぎり申し込んだもの。

それはゲイリーさん来日という私にとって重要な情報に気づくためだったのでは…?などと思えてくる。

ゲイリーさんのワークショップ、行ってみたいような、行ってみたくないような…

自分にとって大事と思っているものだから、逆にいろいろ思いがある。

明日エネルギーが少し“充電”されていたら、調べてみようと思う。

色えんぴつ画

2019-02-15

会場まちがえる

今週火曜は月1の色えんぴつ画講座があった。

この一ヶ月まったく画に触らず、先月のまんま。

慌ただしく準備して向かったら、だれもいなかった!

区のサークル活動としてやっていて、AセンターとBセンターのうち会場が取れたところでやっている。その会場をまちがえてしまったのだ。

あ゛~。

先月念押しされたというのに。。汗をかきながらあたふたAからBへと移動し遅れて加わった。

ミスのない日を送りたいと思い、今日こそはと思っているが、財布を忘れたり出がけに鍵が見当たらず遅刻したりとミスばかりしている。

風景画の建物がむずかしい

先月から習っているのが風景画。

いただいた写真と手順のレジュメを元にまず青色を塗る。先生は赤、青、黄色+白黒の5色のみで描かれる。私もそれに倣っている。下描き→青→赤→黄色→黒→調整の順で色を重ねていくのだ。

建造物描くの、難しい。

“情報”が多すぎて鼻から無理と思ってしまう。

「この写真は風景画のなかではうんと簡単なほうです。だって建物に窓がないから」と先生。

たしかに。窓がたくさんあったりした日にゃお手上げだ。

自分が実際には見たことがない風景を写真から絵を描くことも気乗りがせず、なかなか進まない。

「来月は風景画の続きでも自由画でもどっちでも好きなほうを」と先生。じゃあ、途中でやめようかな、それとも苦手克服?のために最後まで仕上げるべきか?

“芸風”をつくるには?

頭のなかでイメージしたものがさらさら描けたら、楽しいだろうに。

下手とはうまいとかはさておき、自分なりの“芸風”みたいなのがあって味があるっていうの、いいなぁ。

“自分なりの味”を出せるようになるには、たくさん描くことなのか…月1度しか画用紙に向かわないって、趣味にしてもなんだかな。

ベストセラーになった『大家さんと僕』のカラテカ矢部さん、たしかあれが初漫画って言ってたけど、上手。いい味出してるなぁ。お父さんが絵本作家さんというから素養がおありなのか。

たまに自分で描いたイラストとか載せておられるブログを見ると、そういうのも素敵だなと思う。

あれは…ペンタブとかいうので描いているのかしらん?私もやってみたいな。

自由に描くということを学んでいる

教えてくださる先生が「自由に描いていいんですよ」とおっしゃるので、描くことに対する縛りが次第に解かれていく。

色えんぴつ画講座は私にとってセラピーみたい。

やっぱり私はもっと自由に表現できるようになりたくて、行っているのかもしれないな。

先生は「絵は手で描くものではなくまず目で描くもの。しっかり見ることが大事」ともおっしゃる。

この世は幻想で五官は「幻影を作り出す器官」だと言いつつ、この世の細部を観察して絵を描く。

それもおもしろいなぁと思っている。

ポジティブでいこう

2019-02-11

大雪注意?

関東には積雪注意報が出ている。

北海道や東北、北陸の雪が多いエリアから見たら「何を大げさな」という感覚だろう。

エアコンが苦手だから、この冬まだ一度もつけたことがないけど、さすがに寒い。

腰には腰巻きケットを巻きつけ、家の中だというのにユニクロのダウンコートを着てる。首には輪っかマフラー(スヌードというらしい)。足元は45㎝角のホットカーペット。これあったかい。

土曜日はWebデザイン講座の最終回。雪の予報にも関わらずみんな頑張って参加していた。

最終回はJavaScriptというプログラミング言語?によってサイト上にアニメーションもどきを創るというもの。

先生のテキストに従って、おまじないのような長いアルファベットと記号をパソコンに打ち込んでいくが、どこかで間違えてしまっているらしくうまく作動しない。

あ゛~間違ってるの、どこ?あ、これ?あ゛、待って。

その繰り返し。

もー、ほとんどお手上げ状態だった。

先生は丁寧なレジュメを下さっているから、自分でも復習できるんだろうけど、戦意喪失。

こういうもんはやっぱり若いもんのものかな、と思ったりする。

ネガティブの住人、やはりポジティブでいこう

ワークをしていて、というわけではないけど、最近ふと思ったこと。

私って、やっぱりネガティブだ。

この二元性の世界に、「Yes」の世界と「No」の世界があるとしたら、まちがいなく「Noの世界」に住んでいる。

「ある」の世界と「ない」の世界があるとしたら、「ない」の世界。

「ネガティブ」と「ポジティブ」だったら、やはり「ネガティブ」。

それは自分がどんな色眼鏡を通して世界を見るかと同じで、クセというか自分が落ち着くと感じるパターンみたいなものだ。けどそれはやはりよいクセではないな~と思う。

何も解決しないけれどグチを言って落ち着くみたいなものだ。

二元性ではなく一元性を目指している。「Yes」も「No」も、「ある」も「ない」も「ポジ」も「ネガ」も越えて「神だけがある」世界が真実だ。

だけど神なるものは豊かさであったり喜びであったり幸せだったりすると思うから、やっぱりこの世でネガかポジかで言えば、ポジのほうが神に近いように思う。

一時ネガを否認して何でもかんでもむやみに明るいのがいいみたいなポジが流行ったけどそれとは違う、静かなあり方として、

「Yes」「ある」「ポジティブ」の世界に住む。

「いえいえ、私なんか」「どうせ」「○○だから」「できない」はもう織り込み済み(そうでしょーよ)。それをわざわざ言わない。そう決めといたら、もっと制限が取れて自由になれるのかもしれない。

そうしたら、JavaScriptだってYesなのだからできちゃうかもしれないのだ。

こう書いてきて、ふっと思った。

私はもしかしたら、私というコンピュータに「私なんか」「どうせ」「○○だから」「できない」という言語をプログラミングしていたのか?

かなり基本的な部分にそれが書き込まれているんだろうか。

それを削除して、

「もしかしたら」「意外と」「○○でも」「できちゃうかも?」みたいなことを上書きできたら、ACIMの赦しの過程をすべて終えるのを待たずとも、見ている世界は変わるかも。たぶん。より自由で楽しいほうに。

年を重ねて新しいことをやるときの心得

2019-02-08

なかなか身に付かないWebサイトづくりのスキル

懲りもせず週末東京都主催のキャリアアップ講習「Webサイトデザイン」に通っている。

三日間午前9時~午後4時半まで、実際にパソコンを操作する実践講習だ。

明日が最終日。あ゛~、今回も操作についていくのにいっぱいいっぱいだったなぁ。

HTML、CSS、ドリームウィーバーなどこの手の講座を何年も前から受講している。だけど、受講したまんまで実際操しないからか身に付かずそのうち忘れてしまう。

また次に受講したときに、そういえば何かあったな、と思い出す。その繰り返し。

Webサイトづくりから言ったら、初歩の初歩のことをやっているんだけど。。ずっと初心者のまんまで足踏みしている。

私はよっぽどこういうことが苦手なのかな?

ばかなんだ。新しいことが覚えられない(*_*) 何年も同じ講座を受講して何やってるんだと我ながら呆れ気味だ。

だけど、去年、ある本のなかの言葉が気に入ってノートの表紙の裏に貼っていたことを思い出した。

確かめてみる。

あった…

歳を取って新しいことをやる時、心得ておくとよい4つのこと

若い時と違う点がいくつかあるけど、その点さえ押さえておけば「年配者でも『やれば新しいこともこなせる』というもの。

このマイナス面を認識した上で取り組めば、できないことはないと。

  1. 覚えるの時間がかかる
  2. 反復練習が必要である
  3. ときには年配者としてのプライドが邪魔をする
  4. 同時進行でいろいろなことができない。

この4つを心得えつつ「歳だから無理」という思い込みは捨て、ゆっくり時間をかけて覚えていけばいいとある。

そう考えたら、私は今、「反復練習」をしているところなのだ、と大いに励まされた。

私はまだそこまでの歳だとは思ってはおらず「年配者でも…」のフレーズが気にならなくもないが。

でも「症状」というか「現象」は同じだ。

残念なのは、感じ入ってコピーしてノートに貼ったのはいいんだけど、誰のどんな本かがまったく思い出せないこと。勝手に流用してすみません。

たしか図書館で借りた本だと思うのだけど。。。

よいことたくさん言っておられたから、同じ著者の他の本も読んでみたい気がするけれどもうわからない。(ネットでそれらしい言葉を入れて検索してみたけれど、さすがに無理だった)

今度貼り付けたいと思うようなことがあったら、出典もメモしておこう。

過去ノートからのヒント

2019-02-01

私はいろんなことを1冊のノートにメモしている。その日やるべきことややったこと、食べたものやワークをして感じたこともこれに書いている。

管理が下手で忘れっぽいので、なんでもかんでもこれに書いておけば何とかなるといった発想だ。食べたものまで書く必要もないのだけど習慣になってしまっている。

過去ノートを見る機会があって、ワークをしていた際の感想を目にした。

2015年5月。レッスン265をやった際の感想。ACIMダイアリーブログを始めたいと思いつくが、どうも行動に移せなかった頃のものだ。

「ACIMブログは聖霊に任せておけばよい。(「承知した」的な応えを感じた)

私は…

  • 目の前に現れることをロールプレイゲームのようにやっていく。
  • 誰がが来たら、愛をもって応じる。
  • 不安はもたないように。
  • 怒りや罪悪感は赦す。

実にシンプルだ。

  • 「できない」と思っている自分も赦す。」

 

これを読んで、なるほどな~と思った。

箇条書きにしている部分は今の自分にとっても指針となりそうだ。

もしかして今の私より当時のほうが理解できてた?あるいは言うことは一丁前だったか。

わかったようなことを言っていても、言うは易し行うは難し。すぐ忘れちゃうんだよなぁ。

それでもこの後ACIMダイアリーブログを作ってACIMを日常的なものにできたことは、私にとってはよかった。

過去の自分にヒントをもらった感じ。

大事なことは標語みたいにどこかに書いて壁に貼り出しておこうか。。

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