日々のこと・きもち

寝苦しそうな夜と無意味なブログ

2017-08-23

暑さが戻ってきて、熱帯夜だ。寝苦しそうな夜。

本当は、ACIMワークの日記を更新したいところだけど、それだけの気力なし。自分の中で大事に思っている『奇跡講座』(ACIM)なのだから、もっとダイアリーブログも頻繁に更新したいのだけど、できてないなぁ。

時々…というか、しばしば、こんなブログはだれか読む人、いるかなぁ?と思う。

いないだろうなぁ。

まったく人の目にふれないブログってー。無意味だよな。

そもそもACIMに関心ある人が少ないだろうし、

関心を持ってACIMワークを続けている人はさらに少ないだろう、

さらに、ワークをやっている人がワークのあらましっぽいことだけ書かれたものを読みたいとも思わないだろうと。

ACIMをやって感じた自分の体験談を生活や人生を掘り下げ晒しながら書いてあったらおもしろいかとも思うけど、そういうことはできてない。。

なんか意味ないことやってるなぁ、我ながら。と思う。

 

でも一方では、こんなに間延びしたくそおもしろくもないブログでも、私の『奇跡講座』の勉強の支えになっている。だから続けていきたいな、とも思う。

もっと、ACIMを平たい言葉でなるだけシンプルにすることが必要なんだ、多くの人とACIMをつなぐには。

説明しようとすると、人が読みたくなくなるものになるから、ACIMのエッセンスのカケラを含んだおはなしとかでもいいのかもしれない。

 

ともかく、自分でも、へんなこと・意味のないこと、中途半端にやってるなぁと思うけど、私の学習の杖のような存在になっているから、ブログを続けていけたらいい。と思う。

『奇跡講座』のワークブックとテキストとわたし

2017-07-06

私のワークブック

いろんなところから中身のページが取れていて、修復もしてない。

2012年のこと、書店でワークブックを買って家に持ち帰り、「これが『奇跡講座』のワークブックか」とうやうやしく表紙を開いた瞬間、目次と「この翻訳について」という前書きの部分がパリッと離れて取れてしまった。

すごくがっかりしたことを覚えている。

私にとって大事な本だし、4,600円と高額だぞ、しっかり作ってくれよ~、と思った。

だけどのちに、これは「神との分離」の象徴かしら?と思うようになった。ACIMがようこそ、とまず私の分離を見せてくれたというわけだ。

そう思うとなんか腑に落ちた。

テキスト編

『奇跡講座』のテキスト編の方は、あまり開いてないので(^_^;)まだきれいだ。

こちらは、買ってまもなく、尊敬する老先生宅に伺った際、「私がはまって勉強している本なんです」と、持っていって見せた。すると先生は「ほほう、どれどれ」と言って、指につばを何度もつけてページをどんどんめくっていった。

私は内心「ぎゃあ~、私もまだ触ってないのに…。つば付けないで」と焦りまくった。「ああ、内容はじっくり読まないと」とかなんとか言って、本を慌てて引っ込めた。

そして、やはりがっかりした。私にとって神聖なる聖域を…(>_<)

でも、またしばらくして、それこそが「起ってないことで、赦しのチャンスだ」と気づいた。

自分にとって大事だといっても、ACIMの本という物に執着するのは間違っている。

それをまっさらなテキストから学んた。

日常のいろんなところに「神との分離」とその取りなしのチャンスが置かれているけど、買ったばかりのワークブックとテキストにもしっかりそれが組み込まれていた。少し懐かしいおはなし。

あっぱれ!小林麻央さんに学ぶ生きる様

2017-06-24

生きる姿勢

昨日、小林麻央さんの訃報が届いた。

ブログをしばしば拝見し辛い状況の中でもやさしく自分らしく生きる姿に尊敬を抱いていたから、「ああ、旅立たれたか」と何とも言えない気持ちになった。

6月20日付の最後のブログではお母さんの手搾りのオレンジジュースのおいしさを記事にしておられ、

「皆様にも、今日 笑顔になれることが ありますように。」と締めくくられている。添えられた写真には穏やかな笑顔。肌にも透明感があり瑞々しささえ感じる。たいへんな闘病だったろうに最後まで日常の一場面の喜びを綴る投稿だった。

2014年9月の海老蔵さんブログに掲載された着物姿の真央さんをお気に入りに登録していた。その頃はすでに病に罹られていたことになるが、その若妻らしい姿からは病魔の影はみじんも感じられない。人の運命というのはつくづくわからないものだと思う。

34歳。お子さんはまだ4歳と5歳。普通なら、人生これからいよいよ本番、という時だったのに…

2014年2月の人間ドッグで引っかかり何回かの検査後10月に病が確定したという。最後の投稿写真で見せた穏やかさに至るまでには、忸怩たる思いや葛藤、いくつものプロセスがあったろうと推察する。

それを前面に出さず凛として自分を晒す姿に、存在の美しい人だと感じ入っていた。ありのままに振舞っているように見え、その実とても抑制の身についた方だったのではないかと思う。

一読者として生きる姿勢を学ばせていただいておりました。

お悔やみ申し上げます。

与えられたいのちに、感謝して生きる

この世をエゴから投影されたロールゲームのようなものと見た時、そこにはいつも2人の自分がいるように感じる。「ゲームを外から見ている自分」と、「ゲームの中で生きている自分」。

ゲームを外から見ている自分は、このゲンジツの世がすべて投影されたものでリアルではないと知っている。

でも、ゲーム中の私は、当然そこでの出来事に一喜一憂する。

この世のあらゆる「死」というものは、「神との分離」を繰り返し再現して体験しているにすぎない。そう頭ではわかっているつもりだけれど、やっぱり今ここにいると思っている私の方は、悲しくさみしい。

私は身体ではない。身体は私ではない。

でも、今ここで身体を持って生きているのはこの私。

生きていられるのはありがたいこと。

それを改めて感じた。

ふとふりかえったら、2014年の春は、私自身の「がん」が発覚した時だった。夏は手術するのしないのすったもんだしたあげくネットでいろいろ調べ、お医者様は手術を勧めたけれど「経過観察」だけを続けるという選択をした(大きくならないタイプでリスクは小さいと判断した)。

おかげさまで無治療で経過観察のまま今に至り、元気に日常をあたりまえのように生きている。それがすごく尊いありがたいことなのだということを忘れていた。

病気で亡くなる人、事故で亡くなる人。事件に巻き込まれる人。ぽっくりと逝く人。いろんな運命がある。いずれはここにいる皆が肉体を後にする。

けれど、今ここに残されている人たち、生きていられる人たちは、この肉体を持った自分の命を生きなきゃ。

よしんばそれがかりそめの世だとしても。

自分に与えられたものがたりを生きるー。

それを改めて感じた。

小林麻央さんが見せてくれた日々の記録はずっと生き方のお手本のひとつとして、ブログを共有するみんなの心に残るものだろうと思う。

あっぱれ!

見事だ、と思う。見せてくれた在り様に感謝。

「この世は幻想」にフォーカスするのではなく…

2017-05-25

「この世は幻想」というワナ

気づけば5月も残りわずかに。

そして気づいたら、ACIMワークが5月12日のレッスン113を最後に止まり、すでに12日も経っている。12日夕方に母がひとりで暮らす富山に帰省して、すっかりACIMとは別世界に行ってしまい、東京に戻ってからも慌ただしくしていて、止めたお皿を再回転できていなかった。

復習Ⅲに入って、起きている間毎時0分と30分に主題概念を復習する、というきまりを重たく感じていて、無意識に再開したくなかったのかもしれない。

思えば、ACIMワークから離れていた時間、解放感も感じていたし楽しかった。

ワークをしているなかで、私はどうも「この世は幻想」という思いが強すぎて、なんでも「どうせ幻想なのだから」とやり過ごして現世に興味が薄れつつあった。母は美術や歴史、そしてジャイアンツが好きで、帰省中もいろいろ私に話しかけてきたが、そうしたものに対しても「幻想だし」という冷めた思いがあった。

だけど、それはACIMの主眼とするところではない。

ゲイリー・R・レナードさんの3冊目の本『愛は誰も忘れていない』にも、アサンディッドマスター、パーサの発言として「何かに取り組もうとするとき、つい人生は幻想だという点に焦点を当ててしまいがちになるけど、焦点を当てるべきはそこではないわ。」(初版、p33)とある。

そして「なぜって、他者を見るように自分自身を見るというのはほんとうで、人々や世界を幻想ととらえて人生を歩めば、次第に無意識下で自分自身のことも幻想と考えるようになってしまうから。そうすると虚無感を覚えたり、無意味に感じて落ち込んだ状態になるわ。無意識では、他者についての思いは、あなた自身についてのメッセージに置き換わることを忘れないで」と続く。

これは私が陥りつつあったことかも。

他者を完全無欠な存在とみる

それが生命力と好奇心旺盛な母の刺激によっていい意味で崩れた。そしてそのままマイACIMプロジェクトからも離れてしまっていた。

同著では、「さあ、かかわる人を時空の小さな枠に入れて制限する代わりに、身体を見すごして、Jがしたことをやりましょう。その人を限界のない存在として考えたいわ。

他者について考えるとき何かの一部としてではなく、完全な存在だと考えるべきよ。そうすれば、幻想にフォーカスしなくなるし、とても前向きな結果が得られる。」(初版、p35)と、どう姿勢の改め方も書かれている。

「他者を神にほかならない完全無欠なものとしてとられると、自分自身のことも徐々に同じように、そう経験するようになるわ。」

「出会う人全員の霊(スピリット)のほんとうの姿を目撃することよ。」

これらのアドバイスにしたがって、私も「この世を幻想」としてとらえることから、「出会う人はほんとうはみな完全無欠な神なる存在」という本質を見ることにシフトしたいと思った。

出会う人みな、勝手に「かぞく」にするぞ

そして、何の番組かテレビで誰かが、「かぞく」というものを血縁や親戚関係のある「家族」からもっと広い意味で「かぞく」としてとらえ直したい、みたいなことを言っていた(なんとなく聞いていたので主テーマは何かわからないけど)。それを思い出した。

ひとり身でひとり暮らしの私。母はいるけれど、自分の家族は作ってこなかった。それを寂しく感じることもある。だけど、思いきってこれから出会う人をみんな「かぞく」としようではないか。ふとそう思った。

出会う人は、「完全無欠な神なる存在」であり「かぞく」だ。

はたしてこのお題目はどれだけ覚えていられるか。それがまずはお題―。

工事という名の営業にプチパニック(^_^;)

2017-05-19

ケーブルテレビの工事…、いや営業?

先月ポストに地域のケーブルテレビから「既存設備双方化改修工事のご案内」というチラシが入っていた。家の中のテレビコンセント(端子)の交換作業だとか。

これはいかなるものか。「下の表からご都合のよい日時をお選びください」とある。「ケーブルテレビには入っていないけれど、必ず受けるべきものなのか。「これを受けなければ他の世帯に支障が出る場合もあります」ともあってなんだか恐い。

よくわからないけれど、希望日時を選んで来てもらうことに。男性2名で来られて、ひとりは作業。もう一人は勢いおく「ご説明させてもらいます」と、インターネットと電話を現在のフレッツ光からケーブルテレビに切り替えるとよい、という話を始めた。

なんだ、交換工事というのはとっかかりで営業だったか、と私。さすが営業の方はトークが上手く「ケーブルテレビの方が現在のフレッツ光より通信速度が速くなります、プロバイダーも必要なくなるから、その分安くなります」と資料を見せながら説明し、すかさず契約書を出して「こちらにサインを、こちらにクレジットカード番号を」と迫ってくる。

安くなるのはありがたいけれど、これまでのメールアドレスが使えなくなるのは困るし…と戸惑っていたら、「たぶんプロバイダーはメールだけ使わせてくれるはず、調べましょう」といったん帰られたが、「工事の認めのサインもありますし、夜9時にもう一度来させてください」と電話がかかってきた。

私はひとり暮らしだし、工事ということでも知らない男性二人が家に入るのに抵抗があったのに、夜にまた来るってー。それにその人がいいと言っても、本当によいかどうか自分でしっかり確認して進めたい、と心の中で黄色信号が点滅した。だいたい工事だと言ってひとんちに入って、すかさず営業攻勢とはずるくないか?

結局、その日は余力もなかったこともあって、夜9時の訪問は断り、翌日故郷に帰省をしたが、東京に戻ってきてから何とかという認めのサインが必要?だとかで再び訪問されることに。

気づけば“戦闘モード”に

そのサービスが本当に自分にとってよいものなのか、それとも必要ないものなのか、その方が訪問するまでに自分なりに調べて心を決めなければ…と、気づけば“戦闘モード”になってた。

その方と戦おうというのではないけれど、専門知識が乏しいことやなんかで、「お客様によいことです」と強引に向こうのペースで契約を押し切られるのは嫌だ。かといって、本当によい安くてよいサービスならば受けたい気もするし…と。

インターネットでケーブルテレビとフレッツ光のメリット、デメリットを調べ、ケーブルテレビのこうした訪問が一部で「点検商法」と警告されているサイトも見た。消費生活センターのサイトに事例もあった。

ケーブルテレビには携帯会社がauなら割引サービスがあるとのことだったので、私のプランならどの程度コストダウンになるのかもauショップで聞いてきた。

いろいろ調べた結果、通信速度は光の方が勝るとの記事があり、ネットが中心の私の場合、フレッツ光のままでよいのかもしれないーと思った。コストダウンは魅力的だけど今すぐ契約しなければならないものではないのでは?何より、工事にかこつけて契約を迫るやり方が気にいらない。

約束の日時、家に上げるのは嫌だったので、マンションの1階で待ち、迷いはあったものの「今回は見合わせます」と営業マンに伝えた。

強引に食い下がるだろうと身構えていたけど、意外にあっさり「そうですか」と引き下がった。前回端子の前に重い家具があって「工事」の一部は未完、「次に家具の中身を出していただいてから改修工事しましょう」という話だったけど、「それじゃあ工事も必要ないです」と。

「工事はタテマエでやっぱり営業が主じゃないか~」と思ったけど、とりあえずはほっとした。

渦中に赦しはむずかし

ここで私が思ったのは、この世は幻想だから、ネガティブな感情が起きたら赦すということは覚えていたけれど、幻想の世であってもその幻想の中で生きている体を持った私たちには判断すべきことが常にあり、その際、聖霊の考え方ではなく、エゴの考え方に傾きがちだということ。

私は、営業マンの強引さに嫌な感じを持って、「甘くみられて強引に向こうのペースで契約させられてなるものか」と一日だけど熱くなってしまった。その人の訪問にキンチョーし前日は夜も寝つけなかった。

彼は私のエゴからの投影なんだろうと思うけど、渦中にいる私にとっては、そんなことを言っている場合じゃない。不本意な契約はしたくないのだ!

今は落ち着き、通信に関する知識を含めいろいろ学ばせてもらったな~と思える。でも、渦中にいるときは、「これを赦すって、どうやることが赦すんだろ?まさかどんな契約でも受けるってことじゃないし」と、訳がわからなくなっていた。

心の中での赦しと、それをこのゲンジツというかたちのレベルでいかにふるまうかが、まだイマイチわからない。

やっぱりその都度、カーッとなって、エゴにまっさかさまに落ち入ってしまう。遠くのことは簡単に赦せたつもりになるけれど、自分の身に降りかかることはこんなささいなことでも動揺してしまうのだ(^_^;)

赦し道 はるか果てまで 先見えず。

赦しのプロセス

2017-05-05

原点回帰!?

とくべつな予定のないゴールデンウィークだけど、街の空気が和み心のスペースが広がるように感じられるという点ではとくべつ。このスペースに何が入ってくるだろうと思っていたら、『神の使者』の何回目かの再読だった!

変わりばえがしない…けど、小間切れで読むことが多かったから、まとまって目を通してみたかったのかもしれない。

そして、私のACIMプロジェクトの始まりはここだから、原点回帰したかったのかも。

改めて読んで思ったのは、私の理解は浅いし中途半端だということ。日常的に、不安や不満、心配を感じているけど、それが見えている時点で、すっぽりエゴの見方に陥っているのだということを、改めて思い出した。

第7章「赦しの法則」にはパーサによる赦しの要素が書かれていたので、私自身がすぐ思い出せるように自分なりにポイントをまとめておきたいと思った。

赦しのプロセス

赦しの要素と書かれているけれど、赦しのプロセスと捉えてもよさそうだ。

赦しのチャンスにぶつかった時とは―すなわち不安、不満、いらだちなどの不快感を感じた時―、取るべき対処は以下の流れ(だと思う)。

①夢だと思い出す

まず、この状況は夢で真実ではない、それは自分自身が見せているものであり、夢の登場人物を動かしているのも自分だと思い出す。

「登場人物はいない。この夢の責任者は自分だ。」

②夢のできごとと相手を赦す

自分自身の罪悪感と恐怖こそが原因で、それを自ら投射しているものだ。だから夢のできごとに反応するのではなくその感情を手放す。

「兄弟がしなかったことを赦しなさい。」

③自分自身を赦す

何も起こらなかったのなら、兄弟だけではなく自分自身だって罪はない。私は無辜だ。

「私は今も神とある。神は私を咎めなかった。もはや私も咎めない。」

④感謝する

本来の自分である聖霊と赦しのプロセス、それの元になってくれたイメージに感謝する。あとは聖霊におまかせする。

「愛は私が感謝の内に歩む道である。」

私に見える一見嫌なこと、不快なことというできごと(イメージ)があってこそ、それを赦す機会があり、赦される。それによって、神と私とを隔てる雲が少し取り除かれる。だから、すべてはこの自分のためにあり感謝すべきことなんだ…。

たぶん、最も難しいのは最初のステップだ。ACIMを学んでいるつもりでも、不快なことを感じた瞬間は感情的になって自分の正当性にしがみついてしまい、わけがわからなくなってしまうから。

次の赦しの機会にこれを覚えていられたらいいと思う。また瞬間的に忘れても、すぐに思い出せますように。

5年前の出会いから

2017-05-02

『神の使者』との出会い

世の中はゴールデンウィーク。私はとくに予定なし。

元々暦と関係ないフリーランス。まったく関係ないかといえば、いや、かなり関係あるみたい。街の空気が緩んでいていつもより心にゆとりがある。空いたスペースに何か新しいものが入ってくるだろうか。

ふと、そもそもこの私の『奇跡講座』プロジェクト(たんに自分でそう言っているだけ)は、5年前、2012年の今頃からスタートしたんだったな、と思い出した。

ある調査の仕事を納品し終えて、ほっとひと息。二番目に近い図書館に行った時、ふと目に止まったのが『神の使者』だった。

分厚い本で、意味がわかりにくく難しく感じた。

でも、何か惹かれるところがあったのか。4月29日近所のブックオフで見つけて買ってゴールデンウィーク中ずっと読んでいた。そして5日1日にはAmazonで『奇跡のコース』日本語版を購入。別のブックオフでは『神の使者』の続編となる『不死というあなたの現実』を見つけてゴールデンウィークの後半読みふけっていた。

この年のゴールデンウィークは一言で言って『神の使者』だったのだ。

この“出会い”から実際にワークを開始するまでは1年以上かかった。今も赦しと聖霊の思考システムが身についたわけではないし、この後どこまで続けられるのかもわからない。

振り返ってわかるターニングポイント

それでもこの5年を振り返って思うのは、この1冊の本との出会いは私にとって大きかったな~ということ。

それまでは、人生とは死という終わりまでの間に、各々に与えられた自分らしさを掘り起して自己実現するのがよい生き方なのかな、と思っていた。でも、『神の使者』とACIMによれば、各々の個性が注視されないどころか、個としての自分も、死もないし、私たちが見ているこの世界も実在しない。ただ「God is.(神だけがある)」。

昔の人が、地球が宇宙の中心であると考えていた天動説から、太陽こそが中心であるという地動説を教えられたくらいの、いや、星が動く宇宙それ自体が本当はないというんだから、それ以上のインパクトだ。

なぜ、それが腑に落ちたのか。あるいは腑に落ちたわけではないけど受け入れたいと思ったのかはわからないけど、今もまだ学び続けているということは私にとって大きいことだ。

ターニングポイントというのは後になってみなければ本人にはわからない。5年前のゴールデンウィーク、いつもどおり地味に過ごしていたけど、実は大いなる出会いを経験していたのだ。

この同時期の3日、父が腸閉そくで緊急入院してそこから父との別れのテーマも本格的に始まった。

その意味でも変化時だった。ACIMでは時間もまた幻想だというけれど、5年というひと固まりをぼわんと感じて、やっぱりしみじみしてしまう。

ACIMやその関連本(と自分が位置づけている本)は私をとっても癒してくれた。私の原罪と恐怖を軽くしてくれて幸せになってもいいと請け負ってくれた。前と比べて軸ができたように思うし帰る家ができた。

この5年という幻のくぎりで、この出会いに改めて感謝したい。著者のゲイリー・R・レナードさんにも、もちろんACIMにもJにも、ヘレン・シャックマンさんやビルさん等、翻訳者の方々その他みんなにも。

真央ちゃん、素晴らしかった、ありがとうございました!

2017-04-11

真央ちゃん、引退表明

昨夜遅くにフィギュアスケート、浅田真央選手がブログで引退表明した。

12歳で天才少女といわれた真央ちゃんも、今年26歳。今日のニューズではこれまでの真央ちゃんの試合映像が流れ、感情移入して何度もうるっとした出た。

真央ちゃんを好きな人はたくさんいるけど、私もその一人。

なんでこんなに惹かれるんだろう。3年前、日本橋高島屋で開催された浅田真央展に行ったけど、その時にもときめいた。ずっと成長を見て応援しているから、“親戚のおばさん”状態になっているというのもあるけど、それだけじゃない。

 

真央ちゃんの3つの「姿の美しさ」

私にとって、真央ちゃんの魅力って何だろう…。

やっぱり、「姿の美しさ」かな、と思い当たった。これはいくつかある。

一つには容姿。私たちが若い頃は、欧米人と日本人は骨格が違うから手足が短いのは仕方がない、と言われていたけど、日本人は変わった。真央ちゃんを見た時、なんて足が細くて長くて華奢で優美なんだろう、とその容姿のかわいらしさ、美しさにまず惹きつけられた。

そして、挑戦する姿の美しさ。アスリートとしては当然なのかもしれないがぎりぎりのところで常に挑戦し続けた。その姿勢に引き込まれ、一緒に拳に力を入れて熱くなった。そして自分に眠っている何かにも点火してもらったような。

それから、フィギュアスケートを真摯に極める姿勢の美しさ。ストイックでひたむきでピュアで、まるで求道者のようにも見え、つい祈りをささげたくなった。

真央ちゃんを見て、強さと可憐さは共存していいだな、ということも学んだ気がする。

あれだけスター性と実力を極めている選手はそうは出て来ないだろう。

メダルを超えた何かを、みんなの心に残した

トリノ五輪は年齢制限に引っ掛かかり87日足りず、出場できなかった。「金メダル候補」と言われ、天真爛漫にぴょんぴょんと三回転、三回転半を跳んでいた14歳だった真央ちゃんはあっけからんとして、「4年後に出られればいいから」と笑顔を見せていた。

でも私を含め大人は、「4年後金メダル」がそう簡単なことではないと知っていた。女子選手は体のフォルムが変わるからジャンプが難しくなるらしいし、プレッシャーも強くなる。ずっと天真爛漫というわけにはいかないだろう。だから、あんなに騒いだのだと思う。

その後、あどけなく天使みたいだった真央ちゃんの表情には、苦悩や葛藤や涙が加わり、大人になるのはこういうことなんだ、と見せられた気がする。

バンクーバー五輪でのトリプルアクセル、素晴らしかった。あれだけ高度な演技をしたのにミスが足を引っ張り、念願の金には届かず、終了後の泣き顔が目に焼きついた(赤と黒の大胆な切り替えのある衣装だったけど、私は真央ちゃんにはラベンダー色や桜色みたいなやわらかい優美な色が似合うと思う)。

ソチ五輪の時は、まさかのミスでショート16位発進。…からの、“奇跡の4分間”と言われたフリーでの神がかった演技。自己ベスト更新。

テレビで何人かが「金メダルを取らせてあげたかった」と言っていたけど、それは真央ちゃんに魅せられたみんなの共通の気持ちだと思う。実力は十二分にあったのだから。

真央ちゃんは金メダルを取らなかった。金メダル、めでたし、めでたしではなかった。

だけどそのことが逆にみんなの心に余韻を残した。

メダルの色を超えた素晴らしい何かが在ることを教えてくれた。

そしてこれから先も、浅田真央は生きる。

       *   *   *

金メダルも銀メダルも、、ACIMにはまったく関連ないなぁ。というか、これも幻想なのか…。それとも真央ちゃんが滑る姿にみんな愛が増幅されたのか。

ともかく本当に美しかった。内面、外面含めて、姿の美しさに魅了された。同じ日本女性として誇りも感じた。

       *   *   *

素晴らしかった、真央ちゃん!感動の連続でした。ありがとうございます。

お葬式

2017-04-08

ご近所さんのお葬式

マンションの上の階の方が亡くなり、その葬儀に行ってきた。ご夫婦の旦那様の方で、世帯数が少ないマンションで一緒に理事を務めたことがあった。若く見えたが聞けば80歳だったという。早すぎるという歳ではないだろう。

ポストに葬儀の案内が入っていて、とくに親しかったわけでもないから、どうしようかと迷ったけど、かつて下の階の方が亡くなられたのを何年か知らず、後に知ってショックを受けたということがあったから、今回はそんなことは嫌だと思い、参列した。

お葬式ではなくお別れの会という形式だった。行ってよかった。元気だった頃の遺影を見て、懐かしく思えた。

散歩をなさる姿を時折お見かけしており、その方が逝ってしまわれたというのが不思議な気がした。病気になられてからは気落ちしておられる様子が痛々しかった。

当マンションはもう築35年を超える。私は越してきて14年になる。どんな一生だっただろうと思いを馳せた。昭和の高度成長期に若かりし血気盛んな頃を過ごし、小さいながら新築マンションを買った当時は希望に満ちていたかもしれない。

近しい人ではなかったくせに、とても切ない思いがした。ご家族も泣いておられないのに、友人代表の挨拶を聞いて泣けてきてしまった。

しかし、なんでこんなに悲しいのだろう。亡くなった方はいったいどこに行ってしまったんだろう。

これこそが神との別れの再現か

落ち着いて考えてみたら、これはまさに、父なる神との別離の再現映像なのかもしれない、と思った。私の見方はまさに二元性だ。死はないというACIMの教えに反する。

私たちはこのゲンジツの世で、神との別離―神の子の幻想の中だけの出来事で実際には起っていないのだけど―を、何度も形を変えて再現VTRのように見ている。

今のこの切なさ、悲しさこそが、別れへの反応だ。そしてこそれこそが今私が赦すべきことなのかもしれない。

私たちが見ているこの世はリアルではない。悲しみや別れはない。喜びと幸福、愛…神だけが在る。

ここで悲しんでいるのはエゴに支配された私の心だ。別離を本当のこととして捉え感情に飲み込まれている。

そして、ご近所さんのご葬儀にこんなに心が動いてしまったのは、故郷でひとり暮らしをしている同い歳の母とだぶるからなのかもしれない。いずれ迎える親との別れ。そしてやがては迎える自分の死。

ACIMを学んで、私が取りうるべき反応というのは、赦すことと感謝すること、愛すること、この3つだと思うようになった。だけど、実践の場ではなかなかそうはいかない。

思いっきり悲しいんだ。

玉ねぎの皮を一枚ずつ剥ぐように、ワークを繰り返していけば、エゴの見方を薄めていくことができるだろうか。

満開だった桜は昨日、今日の雨でかなり散った。今年の東京の桜もそろそろおしまいかな。桜の花は、はかなげで鮮やかで、あっぱれだ。まるで人の命のよう。

ああ、やはりこれもまたエゴの二元性の見方かな。まだまだ、まだまだだ。

稀勢の里さん、手負いの優勝、すごい!

2017-03-27

テレビをつけたら、お相撲が

ここ最近冬のような寒さだ。昨日は月1回の色彩サークルがあった。持ち回りで講師というか進行役をやっていて昨日は私が担当。「アートセラピー」のミニ講座みたいなものをやった。ちょっとしたキンチョーがあり、よい刺激にもなった。

帰宅後、テレビをつけたらお相撲だった。

普段相撲は見ない方だけれど、見れば千秋楽で横綱・稀勢の里さんが取り組むところ。場内は気合いに満ちている。二日前の24日左肩を痛めたらしくテーピングが痛々しい。本来ならば休場してしかるべきなのだろうけど、押して出ているらしい。昨日の取り組みのVTRでは、痛めた肩に力なくあっけなく敗れる姿があった。

ケガが悪化したらどうするんだろう、やめとけばいいのに。

相手は優勝して横綱になるのを目指す大関・照ノ富士さん。照ノ富士の方は、前日の取り組みで対戦相手の琴奨菊さんを立ち合いで変化してかわしたことがブーイングされているらしい。VTRは見ていないけど、試合なんだからそれもありだろう。相撲わからないけど、それも技のうちなのでは?

一般的に考えたら、照ノ富士関が勝って終わり。稀勢の里、ケガなのによく出てきた…、ってとこだろう。日本人の判官びいきなのか、ケガをしている稀勢の里さんをつい応援してしまう。

最初の立ち合いで息が合わず、仕切り直し。その時、あれって、思った。もしかしたら、流れが変わる?

よくわからないけど、照ノ富士さんの表情が少し曇っている気がする。前日、立ち合いの変化で勝ちはしたけど、それで受けたブーイングが意外と響いているのかしらん。勝つことへのストレートさがなくて迷いがある感じ。

立ち合いし直し。思わず正座をして画面に見入った。

決まり手は何と言うんだろう、照ノ富士さんの方がころんところがった。

なんと手負いの稀勢の里が勝った。すごい!!

稀勢の里、優勝決定戦へ、すごい

もう画面にくぎ付けだ。これで照ノ富士、稀勢の里、ともに二敗で優勝決定戦にもつれ込むらしい。

そして迎える優勝決定戦。これって、世紀の一番じゃ…

もう画面にくぎ付けだ。

もうこうなったら、やるしかない。息を飲むとはこのことだ。一瞬たりとも見逃すまじ。

そして、なんと、稀勢の里が勝った!!

すごーい、すごい!!

それから、場内に流れる君が代と稀勢の里さんの涙…。思わず一緒に歌ってしまう。君が代、歌ったのいつぶりだろう。

…ここで6時10分となり中継はおしまい。

ふだんお相撲見ないけど、だからこそか、感動。すごい!よくやった。

ACIM的に見たら…

それからいくぶん落ち着いて、ACIM的に見れば(もちろん勝ち負けは二元性の世界のことでACIM的ではないけれど)照ノ富士さんが負けたのは、前日での立ち合いの変化について、どこかしら“罪悪感”のようなものを持っていたのではないかしらん?と思った。

ネットで見たら、その一番、照ノ富士関には「モンゴルに帰れ」「恥を知れ」などといった激しいヤジが飛んだらしい。「勝ってしまったら…(さらに反感を買うのでは)」と優勝してしまうことへの恐怖がどこかにあったのではないか。

意識の上ではそんなことには動じないのかもしれないけれど、それでも人の子、無意識には、多少なりとも罪悪感や勝ってしまう恐怖があったのでは。それが、取り組み前の迷いのような、寂しさのような表情ではなかったのかな、と思った。

ずっとACIMの見方を学んでいるから、うがった見方になっているかもしれないけど。

いや、こんなに勝ち負けで興奮するのは、学べてないのかな。

私たちは体ではないし、勝ちも負けもない。でも心を動かしたということはそこに真実の何かが含まれているからか。それともエゴの策略にまんまとかかっているだけなのか。

熱くなった。そして熱くなるのもいいな、と思った。

お相撲また見たいし、応援したい。稀勢の里さんも照ノ富士さんも応援したい。

勝つこと、成功することには常に罪悪感も伴う。頂点に立つということは、その下に多くの人がそうではない人がいるというころだから。それを押して勝つのには、自分なりの裏づけや大義がいるのだろう。

私は、勝ったり負けたり、成功したり失敗したりする二元性の世界の見方を卒業したいと思いつつ、今それに興奮したり感動したりもしている。

6年目の3.11

2017-03-12

6年前のあのとき

昨日は東日本大震災から6年目の日だった。あの時のことを思い出した。

2011年3月11日午後2時26分に1回目の地震発生。午後3時15分に2回目の揺れ。その後大津波、そして原発事故。

私は東京の錦糸町で占い鑑定の契約仕事の日だったが、一緒に仕事をしていた先輩とすぐにお客を帰して店を閉めて、いっしょにバスに乗って、時間はいつもの4倍位かかったが、無事帰宅することができた。

最初は何が起こったのかわからなかった。

翌日テレビで大津波に飲み込まれていく建物や車を見た。行方不明の方の数が増えていった。こんなことが実際に起こるのか…と、ただ茫然としていた。企業CMが消え、くりかえしくりかえし流されるACのCMが不気味だった。

あのとき、日本人が戦後信じて頑張って積み重ねてきた産業信仰みたいなものが、一気に崩れた気がした。ガーンと頭を殴られたようなショックがあった。述べ95万人もの復興ボランティアが駆けつけた。日本全体で「もっと便利に、もっと豊かに」という生き方そのものを見なおそうと、気持ちをひとつにした。今ではそれも薄れてきている。

亡くなった方、

その家族の方々。

今も復興途上で辛抱を続けている方。

人生が大きく変わってたいへんな思いで日々を生きている人。

ものすごいことだった、とても悲しいことだった、と改めて思う。

この現実を赦すとは?

ACIMを学び、厳しい現実もエゴが見せている幻影だと知った。

現実のできごとに対する感受性が鈍化している自分がいる。そしてそれに罪悪感を感じている自分も。

でも一方で、これもまた赦すべきことだ、と思いなおしたりしている。

こうした厳しく恐ろしい現実に直面したとき、どうしたらよいかわからなくなる。

心の中では、常に赦すということ。

では、ここにいる私の行動は?

この世はすべて幻想なのだから無頓着でいいということとはちがうだろう。

『神の使者』を読みACIMのワークを始めてから、乱暴な例えかもしれないけれど、この世をロールプレーゲームのようなものと見ている。

ここにいる自分はゲームの中の主人功として生きている、そして実はそのゲームをしているもう一人の自分がいる、という見方だ。ゲームの中のことは幻想だから、それに囚われず、今も神と離れていない真理に目覚めること。それが真に生きるといういことだ、と学んだ。

だからといって、どんなことがあっても、ゲームの中のこと…と割り切っていいものだろうか。

「赦す」ことを意識している私は、ただ共感力の乏しいドライな人間になっただけではないか、とも思う。

コストって? 経済って? 発展って?

あのとき、津波で原子力発電が停電した事態について、専門家がテレビに呼ばれ、ずっと「万が一メルトダウンしたら、大変なこと」と言い続けていたが、結果的にはメルトダウンはすでに起きていた。

1ヶ月後、事後の甚大さはチェルノブイリ事故と同じ「レベル7」に引き上げられ、後々チェルノブイリをはるかに超える放射性物質が出てしまったこともわかってきた。今もどう収束できるのか見えていない。

あの時命がけで陣頭指揮を取って日本を守った福島第一原発の吉田所長は2年後に亡くなった。震災とは別だけど、私の父も旅立った。6年の変化は大きい。

原子力はCO2を出さずクリーンで低コストなエネルギーだと聞いていたけど、コストとは何だろう。

どこまでがコストなのかな。お金で換算できることと、できないこと。

経済とは何で、

発展とは何で、

豊かさとは何なんだろう。

こう思いを巡らせる私は、実在しない現実に巻き込まれているのだろうか。

これこそが私が赦すべき現実なんだろうか。

東日本大震災を赦す、とは?

たぶん、そうなんだろう。。。

では、「ゲーム」の中の小さな私の生き方は?

何かと闘ったりはしないとしても、このうつろう現実のなかで、どう生きたらいいんだろう。

やはり目の前の人、出会う人、縁ある人を、赦し、愛する、ということかな?

じゃあ、それができているかな?

ACIMを自分なりに学び、浸透させようとしているけど、独学で勘ちがいしてベクトルをまちがえたりしていないかな?

ただ社会に無関心になり、事なかれご都合主義を助長させているだけではだめだよね。

東日本大震災を赦す、とは、ここに体を持って在る私がどう動くことだろう。

あの震災直後ありえないことに直面して、ACIMと出会う前だったけど、一瞬“正気”に戻った気がした。

ACIMを少しだけど学んだ私は、

東日本大震災のぜんぶをどう赦すのか。

赦した私は、どう考え、どう動くのだろう。

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