「ホームにて」

2020-03-08

ホームにて

「ふるさとへ向かう最終に
乗れる人は急ぎなさいと
優しい優しい声の駅長が街なかに叫ぶ

振り向けば空色の汽車は
今ドアが閉まりかけて
灯りともる窓の中では帰り人が笑う
走り出せば間に合うだろう
飾り荷物をふり捨てて
街に 街に挨拶を
振り向けばドアは閉まる

振り向けば 空色の汽車は
いまドアが 閉まりかけて
灯りともる 窓の中では 帰りびとが笑う
ふるさとは 走り続けたホームの果て
叩き続けた 窓ガラスの果て
そして 手のひらに残るのは
白い煙と乗車券

涙の数 ため息の数
溜まっていく
空色のキップ
ネオンライトでは燃やせない
ふるさと行きの乗車券

たそがれには 彷徨う街に
心は 今夜も ホームにたたずんでいる
ネオンライトでは 燃やせない
ふるさと行きの乗車券
ネオンライトでは 燃やせない
ふるさと行きの乗車券」

ホームにて 作詞:中島みゆき 作曲:中島みゆき

神というふるさと

そろそろ…シェアの会にむけて『Journey through the Text of ACIM(JTTA)』のせめて3章は終わらせなきゃと字面を追うものの、ネットの翻訳比較サイトや英和辞書を開いてやってるから、そこからついAmazonやらロコンドの広告をポチっとしてしまって、気づくとそっちに見入って買物している。

気を取り直して、と再び向かうものの、今度は同じひとり暮らしのひとのブログをのぞき始める。

そこで紹介されていたのが手嶌葵さんのYouTubeの「ホームにて」。で、さらにこっちに引っ張られて曲を聴いていた。

とっても心に沁みる曲と声、そして歌詞。

これは、都会にいる人がふるさとを思う曲のようだけど、もっと広い意味での心のふるさとなんだろうな。

ACIMの考えに照らして、この世に来ているみんながふるさとである神さまと天国を思い出しているのかなと思って聴いたら、なんかこみ上げるものがあった。

とくに「ネオンライトでは燃やせない ふるさと行きの乗車券」というところ。

いくらこの世のきらびやかなものを身の回りに侍らせても、それで満たされたと思うのは一瞬だけ、誰もが内なる幼子を心に抱えその手には「ふるさと行きの乗車券」が握りしめられている。

真のふるさとこそわがありか、だと。

そんなふうに聴けた。

だからこそ、この曲が心の奥の琴線に触れて多くの人に聴かれているのではないかしらん。

しかし中島みゆきさんがこの詩を作ったのが25歳で、1977年発表の曲なのだとか。

1976年にACIMが出版されたというから、その翌年…

私は今回初めて聴いたけど、そんな昔からこの曲あったんだなぁ。

JTTA読みは進まなかったけど、手嶌葵さんの「ホームにて」を聴いてなんか浄化された。

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