旅へ。そして戻ってきた(後)

2020-01-11

朝の足湯、隅田川越しにスカイツリー臨む

(前半からのつづき)

翌朝、おふろに入りたいところだが、再びフロントに申し出て提携先まで歩いて…というのも面倒に思い、上階にあるという足湯に行った。

ここは…

素晴らしい見晴らし!

明けていくなか足湯にひとり浸かっていたが、これは本格的に入るべし、とダウンジャケットを取りに戻って再び入る。男性陣はみな朝風呂を浴びている。足湯は私だけだった。

すご~い気持ちいい。

スカイツリーが真正面に見える行先はどこでもよかった旅だけど、これまでスカイツリーに反応したこともなかったけど、すごい。壮観だ。

足湯に浸かりながらACIMのワークをした。

目をつむると、電車が行く音、首都高を走る車の音、上空からもヘリコプターなのか飛行機なのかの音、そして湯口から水がさらさら流れる音、さらに額に浴びる直射日光…それが混ざって、「ああ、東京だ」「行きたかった“どこか”かな」と思った。

チェックアウトが11時までと遅かったから、コーヒーとバナナ、ゆで玉子、チーズで朝食をいただきながら、10時すぎまで持ってきた本を読んだ。

チェックアウトしてから浜松町で頼まれごとを済ます。準備していなかった書類が要るとのことで、Kinko’sでパソコンを借りて作ったりダイソーで判子買って捺印したりやや手間どった。

用事を終えたら午後1時を回っていた。

鮭ハラス定食でランチ。

さあて、美術展でも見て帰るかと上野公園に向かう。

ゴッホの「糸杉」に圧倒される

選んだのは終了間際のゴッホ展(1月13日まで)。午後2時に着くも、すでに50分待ちという行列。案内の係の方は、これはチケットを持っている方の列で、チケット売り場は向こうだと遠くを指さして教えてくれた。

と、その時見知らぬマダムの方に袖を引っ張られた。私の手をとって何か押しこむ。

ん?えっ、ゴッホ展の招待券!?

「あ~買います」というと、「私も娘のお婿さんからもらったからもらえない。法律違反になっちゃう」。数回ラリーがあったがありがたくいただいた。

なんかうれしい。午前中はスムーズにいかないことだらけで「今日はそういう日」と思っていたが。

ちょうど50分で入場した。

色えんぴつ画の先生にこの前ゴッホは生前絵が一枚しか売れなかったと聞いた。それがこんなに大勢の人が見たいと並んでいる。できれば生前に認められたらよかったのに。

いつもは、自分にはぜいたくと思っていた音声ガイドを借りた。音声ガイドあると、楽しい。絵の理解がしやすかった。

終了間近の午後3時に入場したためか会場内は、芋の子を洗うような混雑だった。

日本人はゴッホ好きだって聞くけどほんとだ。

小学生の時に読んだ、偉人シリーズのゴッホを思い出す

私にとってもゴッホは特別だ。

小学1年のとき骨折した入院見舞いに大人からもらった本が、世界の偉人シリーズのなぜか「ゴッホ」だった。

ゴッホは少年の頃から気難しい変わり者で人間関係もうまくいかず、仕事も解雇されたり聖職者になろうとするもうまくいかなかったり、画商だった弟テオからお金を援助してもらいながら創作を続けた。芸術家の共同体を夢見てゴーギャンと共同生活を送るも、わずか2ヶ月で破綻。

偉人伝の「ゴッホは癇癪を起し自分の耳を切りました」で、唖然。精神を患い療養するも37歳のときに「ピストルで自分を打って死にました」で、あ゛あ゛…。

子ども心に、ゴッホって…なんか、不器用というかだめなやつなんじゃ?と思ったことを覚えている。

どう考えても小1には衝撃的なお話だった。

当時抱いた疑問が「偉人とはなんぞや?」

でも、会場の最終コーナーに展示してあった作品「糸杉」を見て、そのパッションというか気迫というか圧倒された。

「偉人」って、大人の言葉で何かに優れて突出しているってことなんだよね、おそらく。

絵の上手下手は判断はできないけど、「糸杉」は確かにとんでもなく突出していた。

なりふりかまわず命懸けで「糸杉」に捧げた思いが伝わってくる。

リフレッシュできた、さあ2020年始動

会場から出たら、すでに外は真っ暗になっていた。

空を見上げたら、大きなお月さまが煌々と輝いていた。

ゴッホが星空を「夜は、昼よりずっと色彩豊かだ」と言っていたことを思い出した。

東急ハンズによって7時半帰宅。

たった一日だけど、リフレッシュできた。

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