ACIMワーク268-すべてのものを、あるがままにしておこう。

2019-06-10

「あるがまま」とは何ぞや

第二部に入ってからお題の文章が短くなり具体的な指示が減る。ワークが楽になったと感じる。私自身は2回目のワークでは文章自体もそんなじっくり読んでいない。さらっと。

でもたまに落ち着いて読むと、んー、むずかしい、と思う。

このレッスン268の「すべてのものを、あるがままにしておこう」も。

「あるがまま」とは何ぞや?

だれにとってのあるがままか。

何について?

私はどの位置にいるのか。

だいたい世の中は忙しく解決すべき“問題”が山積している。“あるがまま”についての意味を考えるヒマ自体が、なかなかレアものではないだろうか。

あなたの被造物に私が干渉し、それを病んだ形に歪めようとすることがありませんように。被造物の一体性に別なことを望んだ自分の願望を快く退け、それをあなたに創造されたままにしておくことができますように。」(W-pⅡ.268.1:2,3)

これを読むに、自分の同胞―とくにやっかいに感じていたり困っていたりいらいらさせられていたりする同胞をこの世のレベルでどうにかしようとせずに、神の子のままに見よ、ということを言っているのかと思う。

ありのまま=Reality?

実相(reality)のみが苦痛から自由である。実相のみが完全に安全である。実相のみが損失から自由である。そしてこれだけを、今日、私たちは求める。」(W-pⅡ.268.2:2,3,4,5)

んー?いろんなやっかいな人やできごとに足をすくわれずに、神だけが在るというそれをそのまま感じよ、ということか…

1度目のワーク時の過去ノートを開いてみた

ふと、もしかしたら1回目のワーク時はもっとよく読んでいたり考えていたりしていたのかな、と古いノートを取り出してみた。

このワークをやったのは2015年6月3日だったようだ。

内容については何も書いてない。

前日カルチャー講座仲間だった年上のお友達が64歳という若さで亡くなり翌々日お葬式…、となった日。ずっと闘病されていて状況が厳しいのは知っていたけれど、こんなに早く?と悲しかった。Amazonで黒いハンカチや傘、香典用ふくさなどを手配していた。

そして、ワークの感想として一行「Aさんの死を無駄にしない。」とあった。

これはまたどういう意味だろう?

当時もわからずに書いていたようだが、今見直しても何?と思う。

同胞の死を無駄にしない。

ありのままにしておく。

Aさんの肉体は死と見えるが、神の子に死はない。Aさんの死と見えるものは「ありのまま」ではない?

…当時のメモは今見てもわからないし、受け取りにくい。

ここにいる今の私から見える世界は、ありのままでいいどころかやっぱりいろいろ手を加えるべきことがたくさんあるように見える。

そしてそれを現に何とかしようとしている。そうやって何とかしていくことが人生だし、社会の進化だと思っている。

でも真実の目で見れば、「ありのまま」に思いをはせること、それだけが求められている?

嘆く必要はない。私たちは祝福されているのだから。

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