ACIMワーク261-神は私の避難場所、安全の砦である。

2019-05-16

ACIMワーク261-神は私の避難所、安全の砦である。

肉体を神からの避難場所としてきた私たちの観念を転換させるためのワーク。

洗脳された状態の私たちを時間をかけて正気に戻すためのワンピース。

何も修正しない場合、私=肉体であり、肉体を掘り下げると恐怖に行きつく。

そこでは神もまた恐怖だ。

そうではなく、

私=霊であり、

神は愛であり平安である、と思いだす。

私は神の中で生きている。

神の中に自分の避難所と自分の強さを思い出す。

神の中に私のアイデンティティーがある。

神の中に永遠の平安がある。

そこにおいてのみ、私は自分が本当は誰であるかを思い出す。」(W-pⅡ.261.1:4,5,6,7,8)

美しい文言だ。

でも心は少しざわつく。

無意識に埋蔵された罪悪感、恐怖はどれくらいのものかな。

ゲイリーさんのワークショップに行けて本当によかった

私は今聖霊さんのことを聞けているかな、それともやはりエゴに牛耳られているのか。私の中では聖霊に耳を傾けようとする私と、そうはさせまいとするエゴの私とがせめぎ合っているのかな?

ゲイリー・レナードさんのワークショップに行けたことは、エゴが許可した狭い柵のなかだけでACIMを学んでいた状態から一歩踏み出したかのような出来事だった。

4月時の興奮状態からようやく落ち着いてきて、行けて本当によかったと思っている。

面白いなと思ったのは、いつもは奇跡講座(ACIM)について検索することさえできなかった私(心がざわつき見る気が起きなかった)が、ワークショップの存在を見つけられたきっかけ。

前も書いたけれど、パソコン講座で知り合った友だちが一緒に受けようと誘ってくれた講座のなかで(それはいわゆるSEO対策っぽい講座で)、自分のサイトのテーマや関心事を検索する時間が与えられ、そこで見つけたのだ。

もしそれが聖霊さんの計らいだったならすごい!と思った。

パソコン講座ならエゴも不安感を持たずノーチェックで送りだしてくれるだろうから。

ワークショップの存在を知った以上行かないという選択肢はない。

たくさんの仲間の存在に感動した。みんながさまざまなツールで深くACIMを学んでいることにも刺激を受けた。私ももっとちゃんとACIMを学びちゃんと実践したいと思った。

ゆっくりでいいから恐怖心に負けずに勉強が続けられたらいいな。

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