6月20日ーある意味「記念日」

2020-06-20

父の命日と帰省

今日は父が亡くなってちょうど5年めの日。昨日「都道府県をまたぐ移動の自粛解除」を受けて、富山の生家に帰省した。

今朝は、和尚さんがお見えになって仏壇にお経をあげてくださった。低音のよい声が響いた。

亡くなって5年も経つというのに、私は昨夜も一昨日も深夜に目が覚め、父のことを思い出し涙が止まらなくなった。

生前(認知症が発症する前)もっといろいろ話せばよかった、もっと優しくすればよかった…という後悔だった。

父とは仲が悪いということはなかったけど、家庭の中では母の存在感がほぼ9割で、父ともずっと母を介して話すような感じで、お互いなんとなく照れてまともに話してこなかった。

父の期待には何一つ応えられなかった。父の人生はどんなものだったろう。晩年辛かったんじゃないか。

そう考えだすと、切なくて、とりかえしがつかず悔しく愛おしいような妙な感情に陥って、涙が溢れて止まらないのだった。

これは自我の見方で、後悔なんて自我の思うツボに嵌っているなぁ、この思いは特別な関係性ってやつだよなぁと思ったけど、父に対する思いを手放すなんて考えられなかった。

せめて…と思い、後悔を感謝に変えるように努めた。

生家は手つかずの罪悪感が埋まっている場所だ。

帰省するごとに老いて小さくなりできることが減っていく母にも、切ないような申し訳ないような、甘いような何とも言えないような気持ちになる。

そう。

生家に来ると、東京で勉強していたはずの奇跡講座はどこかにぶっ飛んでしまうのだ。

ACIMワークブック開始から丸7年

今日6月20日は、私がACIMの勉強(ワークブック)を開始した日でもある。

2013年の6月20日だったから、今日でちょうど丸7年だ。

「畳の上の水練」のことわざどおり机上での理屈の勉強が先行して赦しの実践は思うように伴っていないけれど、止めることもなく続けてきたなぁと思うとちょっと感慨深い。

ちょっとした記念日の気分だけど、そもそも時間がないのだから「日づけ」にこだわることにはまったく意味がない。

それでも、2012年『神の使者』に出会って、これはこれまでに出会った他の何とも違う、これこそが私が求めていたものだ、と思い、2013年6月、私もやるぞ~、と満を持して?ワークに取り掛かった頃を思い出すと(『神の使者』を最初に読んでからワークを始めるまでに1年2ヶ月かかった)、価値観が大きく変わった(変えることを求められた)ことや人生の目標が変わったことなど、大きな転換点だったな~、と思う。

その転換作業は今も続いている。

実情は父のことを思い出し切なさで眠れない、というレベルだけど。

 

ワークブックの日記のブログを進めたかったけど、ワークブックが手元になくて書けないことに気づいた。今ワーク中のレッスン359~はコピーして持ってきたけど、レッスン357、358がない。

また、実家という場所のためか、毎度のことだけど考えがまとまらず文もまとまらない。

たくさん泣いて少し気が済んだので(赦しとはちがうけど)、今夜はよく眠れそうな気がする。

母が生きてくれていることがありがたい。

私は少しは自分に与えられた道に進めているだろうか。

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