2020-06-17
奇跡は神への呼びかけ
「彼がどこにいようと、彼の問題が何であると思えようと、自分がどのような存在になったと彼が信じていようと、それは問題ではありません。」(W-pⅡ.356:1.2)
「奇跡はあなたの愛を反映しており、だからそれが彼に答えます。あなたの名がすべての罪の概念にかわるものとなります。そして、罪なき者が苦痛を被ることはありえません。」(W-pⅡ.356:1.4-5)
「あなたの名はあなたの子に答えを与えます。あなたの名を呼ぶということは、彼自身の名を呼ぶことにほかならないからです。」(W-pⅡ.356:1.6)
わかるときにはわかる
地味にこのレッスン、難しい。
わからなくても、神に呼びかければそれだけで正しい心に近づけるということかな。
病気は罪。
癒しは神。
…で、だからなんで、奇跡が神への呼びかけ、となるのかが、わかるようなわからないような?
逆に神への呼びかけが奇跡へと近づくのなら、わりと簡単で私でも実行できそうだけど。
…わかるときにはわかる、くらいであまり考えないでおこう。
どうでもいいオレンジジュースのはなし
6月に入ってからの急な暑さでヘタっていた。先週朝のウォーキングの帰りに、1リットル紙パックのオレンジジュースを2本買ったのに帰宅したら1本だけしかなくって、あれっ?と見たら袋が破れていてそこから落としたのだと気がついた。
どこに?、と回収に行ったら、家から少し歩いた歩道の真ん中にオレンジ色のパックが転がっていた。
ああ…
私…
ワプニック先生本を読んでいることが少しは「認知機能」を維持することに寄与しているかと思っていたけど、そうではないのかしらん?確かに持っている袋が気のせいか軽くなった、とは思っていたんだよね。。。
コロナ太り発覚
家には体重計がない。
先週末、久しぶりに営業再開した温泉(施設)に行って体重計に乗ってみたら、2キロ?いや3キロ?体重が増えていた。
へっ、「コロナ太り」ってやつ!?
ベタな…
自分は肉体ではないしましてや体重がどうだろうとまったく実相には変わりはない、と学んでいる。
でも、ACIMのハシゴの下段…にいるからか、気分は変わるなぁ。
やっぱりこの世にも歴然たる因果はある、と思えてしまった。
それがクローズドシステムの中での因果かもしれないけど、出来事には気分がよくすることとさえない気分にさせることがある。
体重増加は、間違いなく後者だ。
思い当たる原因は、運動不足と酒量が増えたことだ。
前はたま~に飲むくらいだったけど、自粛中は連日のように飲んでいた。
缶チューハイ1缶あるいはワイングラス2杯くらいだけど、一緒にクリームチーズとクラッカーを食べちゃうから、夜更けには良くないかも。
週2回くらいに抑えよう。
肉体はない、この世は幻想。神はある…と連呼してきたけど、この世のどうでもいい些細なことに一喜一憂してしまう。で、案外そういう自分が好きだったりする。
ACIM学習をしていて、今は十分理解できなくても「本当は罪がない、その罪なき者が苦痛を被ることはありえない。」と学んだことで、世の中は前より心地よいところになっている。たぶん前よりは自分のことも愛していいと思えるようになってきた。
それで、この世の些細なことくだらないことも愛おしく感じたりしているのかもしれない。