ACIMワークブック350-奇跡は、神の永遠の愛を鏡のように映し出す。奇跡を差し出すことは、神を思い出すことであり、神についての記憶を通して、世界を救うことである。

 

2020-05-25

私が奇跡を差し出せますように

父よ、ですから私はあなたに頼ります。あなたについての記憶だけが私を自由にします。そして私の赦しだけが、あなたについての記憶を私に戻し、感謝のうちにそれを世界に与えることを教えてくれます。」(W-pⅡ.350:1.6-8)

そうして私たちが神の奇跡を集めるとき、私たちは真に感謝に満たされるだろう。神を思い出すとき、愛の実相の中で、神の子が私たちに取り戻されるからである。」(W-pⅡ.350:2.1-2)

緊急事態宣言解除へ

先月7日から始まった「緊急事態宣言」、今日解除された。一応日記だから記録しておこう。

街に人出がぐんと増えた。みんな辛抱していたのだ。

スーパーは相変わらず混んでいた(間隔を取りながらレジに並ぶからレジの列が売場のかなりの面積を占める)。

これからの世の中、生活がどうなるのか。第二波、第三波と言われるものが起きるのかどうか。

休業していた飲食店などもぼちぼち営業し始めている。

初期投資が大きいうえに固定費が大きい商売は、一回止めてまたやります、というわけにもなかなかいかず厳しいなぁと思う。特に借り入れをして多店舗展開してたりすると。

営業できたとしても少ない席数と戻り切らない客足で利益を出すまでに至るのか。

東京のロードマップではステップ3でも、カラオケ店、ジム、接待を伴う飲食店などはまだ休業要請が解除されない。こうした業種の経営者はどんどんおカネが出るばかり。どこまで持ちこたえられるのか。

また元の世界が戻ってくるかな。いやいや同じではない。

「コロナ後」の世界がどう変化していくのか。これを節目としていろんなことが大きく変わっていく気もする。

経済というしくみ自体、道具のようなもので固定的なものとは限らない。そのしくみ自体も変わろうとしているのかも。

様々な変化、気づかないうちに変化して、渦中にいる私にはどう変わったかもわからないかもしれない。

こうしたことはもちろんすべて幻想、、、リアルじゃない。

だけど、関心がある。最近、少し社会への関心が戻ってきたかな。

心を清める?お薬が効いている

わが家&わが身の「緊急事態」はまだスッキリ解決とまではいかないけれど、少し改善した(どちらも)。

身体のほうはお医者さんで処方していただいた漢方薬が効いているみたい。楽になった。

今日改めで薬を見てみたら「清心蓮子飲」という名前だった。

清心」と付いているのがおもしろい。

なんだか、「自我まみれでドロドロちゃっている心を清めなさい」というお薬を処方された気がした。

調べてみたら「清心蓮子飲の“清心”には、心身の高ぶりや炎症をさまし清涼とするという意味がこめられています」とあった。

確かに先週はトイレ詰まっちゃった、どうしよう?とパニクって心身が高ぶっていた。それは引き金で、コロナ自粛でひとりで家にいすぎてそこにすでに不安という土壌があったのかもしれない。

この変化時、私はどうなるのだろう。

世の中これからタイヘン、と言っているけれど、最も憂慮すべきは自分かも!!(どう考えてもそうだ)

そう思う一方で、もう一方の自分は今やっている目の前のことをもう少しコツコツ進めたいと思っている(なるようになる)。

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