2019-10-18
私の目の曇りが払われ、焦点が見るべきものに合いますように
「キリストは、今日、世界を贖えるように、私の目を使わせてほしいと求めている。」(W-pⅡ.295.1:1)
「キリストがこの贈り物を求めているのは、私の心に平安をもたらし、恐怖や痛みをすべて取り去ることができるようにするためである。それらが私から取り除かれるとき、世界に定着していたかに見えていた夢は過ぎ去る。」(W-pⅡ.295.1:2-3)
「贖いはひとつのもののはずである。私が救われるとき、世界は私とともに救われる。私たちは必ず、皆一緒に贖われるからである。恐れは数多くの異なった形で現れるが、愛はひとつである。」(W-pⅡ.295.1:4-7)
キリストの視点に立ってこの世界を見ると、世の中はまるっきり違うものに見えるのだろう。
その世界はどんなだろう。
私は、どんより曇ったエゴメガネをかけて世の中を見ている。
そして、それに気づいていない。
そういえば、視力が低下して使っているメガネが見づらくなったので、新しくメガネ、2つ(手元用と遠近両方)を作ったのに、新しいメガネのどちらを使っても中間距離のパソコン画面がかすんで見づらいことに気づいた。
で、家の中を探したら柄が折れたむかーしのメガネがあって(捨ててなかった!)、それがディスプレイがもっとも見やすいから、それを無理やりかけている。
メガネ屋さん、「一ヶ月間は無料で見え方の調整をします」って言ってたけど、すでにレンズが入っているのに、大幅調整してもらえるもんかな?
話がずれちゃったけど、曇ったメガネもそうだけど、焦点の合わせ方次第で同じ世界を見ても、見えたり見えなかったりするわけだと実感。
エゴが見せる罪悪感や恐怖は見過ごして実在する神(それをこの世で現しているように見えるもの)にフォーカスしたい。
図書館で予約した『天国から離れて』が手元に
『Journey through the Text of A Course in Miracle(JTTA)』の1章Jesusの節を読み、そこにイエスの声がヘレンさんに口述した初期のことに触れられていたので、ヘレンさんやヘレンさんを助けたビルさん、『奇跡講座』が生まれるまでの過程に改めて関心が出てきた。
初めて『神の使者』を読んだときもおもしろいと思っていたのだけど、ワークブックを始めてからはその内容のほうに関心がシフトし、(というより、それでいっぱいいっぱいで)口述過程やそれに関って『奇跡講座』を世に出した方々の話は意識から遠のいていたのだ。
で、図書館で予約してあった『天国から離れて』がようやく届いた。副題に「ヘレン・シチャックマンと『奇跡講座』誕生の物語」とある。
東京都の市区町村の図書館全体に3冊しかないらしく、他区から取り寄せてもらったのだ。10日くらいかかった。安ければ買いたかったが、私が見たときAmazonの中古本11,000円くらいで見合わせた。
思った以上に分厚い。
クリアポーチみたいなのに入って「相互貸借内容汚破損チェック表(借りた図書館がこの汚れ・破損は初めからでうちでやったんじゃないですよー、と証明するもの?)なんかが付いてて、ちょっとものものしい。
延長は認められないから、しっかり読まなきゃ!
『奇跡講座』を学んでいる人がみな基本的に知っているようなことも、私は知らずにのうのうとしたけど、やっとこさ少しずつ補っていこうかと思ってる。