2019-05-10
「思いだせますように」シリーズ
何しろ“渦中”にいるときに、思いだすことが一番むずかしい。
安全なところにひとりいるときには穏やかにいられても、そこから一歩出ればいたるところにトラップがあって、気づいたときには渦に巻き込まれている。
それは忘れてしまう、というより、心という装置に何らかのON/OFFの切り替えスイッチがあって、切り替わちゃったらその前の世界が見えなくなってしまうかの感覚だ。
切り替わるのは仕方ない、と思う。
だって圧倒的なリアリティだし。そこにいる自分にとっては、実際にそうなのだから。
でも、「ありゃ、切り替わってる」と気づき視点をかえられる時間が少しずつ短くなればいいなと思う。
ワークはそのための訓練だ。
レッスン257から260までは「思いだせますように」シリーズだった。
レッスン257「私の目的が何であるかを、思い出せますように」
レッスン258「私の目指すゴールは神であると、思い出せますように」
レッスン259「罪は存在しないということを、思い出せますように」
そして、レッスン260、
「神が私を創造したということを、思い出せますように」
どんだけすぐ思い出せなくなるかということを示しているような…
思いだすには、“心の筋力”が要るんだ。
ワークは“心の筋トレ”。
地道さが必要だ。
ライザップのCMではたった2ヶ月で別人みたくなっている、その2ヶ月は相当にキツイんだろうな、
あ、これは身体のはなしか。。
ACIMワーク260-神が私を創造したということを、思い出せますように。
私は筋トレの必要性はわかっていたけれど、実際にトレーニングをやるのは理屈をつけて先延ばしにしてきた…。ような??
なんか渦中のいやな気持を直視するのがいやで。。。
やばい…と思うと心のフタの上に乗っかって締めて(いわゆる抑圧ってやつ)、
「大丈夫です、何事も起こってません」という感じ。
トレーニングをやれば筋力がついて、徐々に不動になれるってわかっているんだけどね。。
それでも、「大丈夫です、何事も起こってません」と言いきれないような出来事はいくつもあって(不意打ちされる)、そのときは否が応でも自分に向き合わなくてはならなくなかったから、スタート時よりは少~しは鍛えられたかな。
なんかやっぱり怖いよ。
でも、引き返すには知っちゃってる。
ああ…
「父よ、今日、あなたの子はあなたに呼びかけます。
あなたが私を創造したことを、思い出させてください。
私のアイデンティティーを思い出させてください。
今日、私がキリストの 心眼 の前で、私の無罪性を再び甦らせ、その心眼を通して兄弟や私自身を見ることができますように。」(W-pⅡ.260.1:3,4,5)