本庶佑さんノーベル賞受賞に、あるACIM学習者が思ったこと

2018-10-02

本庶佑さんがノーベル賞を受賞

本庶佑さん

本庶佑さん NHK NEWS WEBより

昨日のニュース速報で、京都大特別教授の本庶佑(ほんじょ・たすく)さんがノーベル医学・生理学賞を受賞されたとの一報が入った。

なんでも、本庶先生は、免疫の働きにブレーキをかけるたんぱく質「PD-1」を発見。このブレーキを取り除くことでがん細胞を攻撃する「がん免疫療法」の開発に結びつけられたとのこと。

「がん免疫療法」は、手術、放射線治療、抗がん剤治療に続く、第4のがん治療法で、研究成果を基にした治療薬オブジーボは副作用が少なく大きな成果をあげているらしい。

今朝の番組ではそのお人柄も紹介され、

「一生をかけるなら、リスクが高くても、やりたいことをやるべきだ」

「誰も見向きもしない石ころを磨き上げ、ダイヤモンドに仕上げていく。混沌とした状態の中から立ち上げるところに、大きな魅力を感じる」

といった言葉も紹介されていた。

詳しいことは理解できないが、先の見えない、地道な根気がいる研究だと想像できる。

すごーい、素晴らしい。

病気の原因は罪悪感と捉える『奇跡講座』の考え

一方で、私は『奇跡講座(ACIM)』の学習者の端くれだから、病気や治癒について、ACIMがどういうスタンスをとっているかも、ある程度知っているつもり。

とくにワークブックの以下の文言にはインパクトを感じた。

「あなたは、山積みにした紙切れの束と大量の円形の金属がない限り餓死してしまうと、本気で思っている。小さな粒状の固体や、鋭い針で血管に注ぎ込まれる液体が、病気や死を寄せつけずにいられると、本気で思っている。

このようなことを考えるのは狂気である。」(L76-3-2,3、4-1)

罪悪感がないところで病気が生じることはありえない。病気とは罪悪感のもう一つの形態にほかならないからである。

病人を癒すことは治癒ではないので、贖罪は病人を癒さない。病気を可能にしている罪悪感を取り去るだけである。そしてそれがまさしく治癒である。」(L140-4-3,4,5)

ACIMによれば、病気の原因は罪悪感であり、薬が病気を治すのではなく、その基となる罪悪感を取り除くことこそが治癒をもたらすという。

それでも、この世のあるものには薬効が認められ、それで病が治るのだから、そこには因果があるように見える。

もし根底の罪悪感がそのままならば、ある幻想をもう1つの幻想に取り換えただけということになるかもしれない。

そうであっても、取り除きたかった最初の幻想が取り除かれることは、大きな望みをもたらす。

『奇跡講座』の教えをこの世でどう適用するか

要するに、私は、『奇跡講座』のこの世への適用(方法、程度)がよくわかっていないのだ。

この世はエゴが神に対抗して見せている幻想…、そして、その幻想からめざめることが、『奇跡講座』。その訓練がワークブック。

だけど、その幻想は私たちに多大な影響力があるから、幻想であってもよりよい幻想がいい、と思う。

幻想だからといって、ご飯を食べない、骨折しても幻想だからそのまんま、お医者さんも薬も投げ出す、というわけにはいかない。

どの部分を幻想と受け流し、どの部分はここでの仮の自分を維持するために大事、と捉えるかの塩梅がわからないのだ。

こんなことを考えている私は、ばかなのかな。

ACIMは正しいと思う。だけど、肉体を持ってこの星にいる私は、どう適用したらいいんだろう。

そうこうしているうちに、この世で生きるスキルらしきものの低下が著しいことに気づく。あ゛…(・・;)

おそらく答えは「聖霊の導きに従う」ということだと思う。(←今思いついた。なんて、自己完結的なんだ)

そうそう、いつも言われている。聖霊に聞く、だ。

聞いて、塩梅も打診しながら進むんだよなー。その練習かー。

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