引っ越し後、ちょっぴりうれしいこと

2018-07-31

ウォーキングコースも決まってきた

引っ越し直後は、右も左もわからず、多少のいらだち感や不安感があった。

それがだんだんと目が慣れてくると、初見のストレンジャー感覚をもっと楽しめばよかった、と思えてくる。勝手なものだ。

10年前くらいから朝ウォーキングをしている。何せ自宅での仕事なので、寝室から仕事部屋までの歩行じゃあ数歩、あまりに運動不足だったから始めたのだけど、朝歩くと気持ちがいい。

近年は回数が減ってきたけど、なんとか続けている。

旧居のウォーキングコースはお気に入りだった。

道中には、顔見知りの猫(人も)がいたり、川辺沿いを歩いたり、神社でお参りしたり、緑地の滝でマイナスイオンを浴びたり。帰りは格安スーパーに立ち寄るといったコースだった

引っ越し後はよくわからず、適当にぐるぐるしていたが(人はこれを徘徊という)、ようやくウォーキングコースも定まってきた。

今回も、川辺と神社と緑地が入っている50分位の道。

今朝の神社は、ものすごい蝉の声のシャワーだった。

今をかぎりと鳴く蝉たち。

役目を終えて息絶えころがっている者たちもいた。

ちょっぴりうれしいこと

こちらに引越して、ちょっぴりうれしいのが、図書館が近くなったことだ。

前も徒歩10分位で決して遠くはなかったが、今は、運よく信号が青で渡れれば5分。

ほんの数分の違いだが、心理的な差は大きい。図書館が近くにあると、なんとなく心強い。

初めて行った時、ふと目にとまった児童書コーナーの「この夏のおすすめ本」を借りた『川かますの夏』『ほとばしる夏』

どちらも思春期にさしかかる少年少女の夏の物語で、夏のキラキラ感とそこでの成長や出会い・別れというこの世で避けられない変化があり、瑞々しく切なかった。

うだる暑さの中で、これらの本を読んだことが、今年の夏の思い出になっている(これから8月なのに!)。

図書館…そのうちに閲覧室にもすわってみよう、と思っている。

ACIMレッスン193-すべてのものごとは、神が私に学ばせようとするレッスンである。

2018-07-30

台風12号と罪悪感

日本列島を逆走する“異例のコース”を辿った台風は、明日まで九州に居座り、九州南部や四国に激しい雨を降らすらしい。

西日本豪雨で被災した地域では、再び冠水被害に合われた方々も。

家が水浸しになってしまい一から生活を作っていかなければいけない徒労感とやるせなさは、いかばかりかと思う。

とてもとても「赦し」などとは言っておられないだろう。

こういった災害のニュースを見ると、心が揺れる。

なんて、ひどい…と思う自分と、

これもまた赦すべきこと…と思う自分がいるから。

そして、後者の自分に、罪悪感を感じるから。

ACIMレッスン193-すべてのものごとは、神が私に学ばせようとするレッスンである。

ワークのダイアリー、いつが最後だったかと見たら、6月6日のレッスン192だった。

レッスン193からだ。

これをいつやっていたのか、と振り返ったら、5月末から6月初めだった。

粗大ごみを出したり、本を大量処分したり、リフォームの手配をしていた頃だ。

レッスン193には、「各レッスンには中心をなす想念があり、それはどのレッスンにおいても同じである。(中略)それは次の通りである。」と書かれ、

赦しなさい。そうすれば、あなたはこれを違った見方で見るだろう。」(L193-3-7)

とある。

この言葉をもって誘惑が終わり、罪悪感は放棄されて崇められることがなくなる。これが罪の夢を終わらせ、心から恐れを取り除く言葉である。」(L193-5-2)

災害や犯罪などのニュースに、恐怖、罪悪感、怒りを感じるが、そうしたこともやがてすべて赦せるようになるのだろうか。

怒りや恐怖は「手放さねば」とシンプルに思えるが、罪悪感は、それを手放すそのことに罪悪感を覚えてしまう。

自分が間違った見方をしているかどうか、見分けるには、

その知覚において、苦痛が実在するもののように見えているかどうかを問いなさい。もしそう見えるのであれば、そのレッスンは学ばれていないと確信してよい。

そして、その心の中に、赦そうとしない思いが隠れて存在しており、心は自らの指令下にある目を通して苦痛を見ているのである。」(L193-7-2,3,4)

とある。

私には、まだいろんな苦痛が実在するように見えている。

すべては神があなたに学ばせたいと望むレッスンである。神は赦そうとしない想念を一つでも訂正されないままに放置することはない。」(L193-9-1)

赦すべきことだらけだ…。

私は赦す。だから、これは消えていく。

レッスンの終わりに、この世のシンプルな見方が書かれている。

私は赦す。だから、これは消えていく。」(L193-13-3)

この見方がすべてなんだよな。

でも、すぐに忘れてしまう。

ふと、気づいた。

私は、災害のニュースを赦そうとする自分に罪悪感を感じると書いた。けど、その背後には、もっと大きな別の感情がある。

そうしたニュースを赦そうとする姿勢を、周りの人々や世の中は非難するだろう、その非難をこそ恐れているのだ。

これに対しても、答えは、やはり、

私は赦す。だから、これは消えていく。

この魔法のことばなのだ。

私の中で生かしたい、3つの父の質

2018-07-27

亡き父と引っ越しPのつながり

改めて思い返すと、亡き父と今回の引っ越し(新居)には何かつながりのようなものを感じる。

前にも書いたけれど、新居は、父が私の家を建ててくれる夢を見たその日に見つけた物件だったから。そして自分で決めて手付金まで支払っていた物件をキャンセルして、この物件に決めるという流れになった。

また、旧居の売主さんが見つかってその引き渡しの最終契約日は、父が亡くなって丸三年の命日の翌日だった。共有者である母も臨席が必要だと言うことで、帰せずも母とプチ東京観光する機会にもなった。

ふと、

もしかしたら(本人たちにそのつもりがなくても)、母も私も3年間父の喪に服していたのかな、その喪が明けたのだろうか、

と思った(喪に服するといっても、ただ普通に生活していただけだけど)。

なんとなく、今回の転居に父の後押しがあった気がしてならないのだ。

「私の中で父を生かそう」と決意した3年前

父が腸閉そくで入院、ほどなく認知症も発症、介護が始まったのは、2012年のゴールデンウィークだった。それは振り返ればちょうど、私が『神の使者』と出会った頃でもあった。

その時は、自分の親が亡くなるということがまったく想像できなかった。

3年後の2015年6月、父が亡くなった時、私は「私の中で父を生かそう」と決意した。

父は演説が上手な人で(単に出たがりだったのか)、結婚式の司会やPTAの会長など町のいろんな役を頼まれる人だった。

やり手というのではなく、にこにこぼーっとしているから、妹に言わせれば「要するに、ゆるキャラ」ということだが。

そして、おっとりしているわりには、自分の意見をちゃんと言える人だった。

また、自分に利することでなくても、町の発展のために縁の下の力持ち的な役割をよくこなした。

そこで私は「私の中で父を生かす」べく、

 1.人前で話ができるようになる

 2.自分の理念を表す( ⇒私の場合はACIMという理念)

 3.故郷に貢献する

という3つの柱を決めたのだった。

この3つ、今この日記を書くのに3年前のノートを引っ張り出して確認した。

あの時は「決意」したはずだけど、気づけば3つともフェイドアウトしてしまっている。

父はいまや聖霊とひとつになった

今回、引っ越しPと父のつながりについて思いを巡らし、その時の思いを思い出した。

亡き父は、今や聖霊さんとひとつなんだと思う。

今、ここに越して来られたことは、なにかしら聖霊さんの後押しがあったのだと感じる。

それが意味することはわからないけれど、当初の旧居から逃げるといったPではなく、もっと前向きな影響をもたらしている。

私の中で、お父さんを生かさなきゃな~。

私は顔が父に似ていて、小学生の時“お父さん似”とあだ名を付けられていた(PTA会長だったから、みんな父の顔を知っていた)。

父のよい質を受け継ぎ、この世で生かしたい。それはACIMに反することじゃないよね、と思っている。

ACIMとゲンジツの狭間…ゲンジツでどう適用すべきか

2018-07-25

久しぶりにワーク…ワークブックが難しくなってた

一ヶ月と一週間ぶりでACIMワークを再開したら、ワークブックの内容が難しく感じられた。

自分なりのワークの進め方があったことを思い出し、だけどそのやり方を忘れてしまっていることにも、気づいた。

これまで、この宇宙はリアルではない、私たちの知覚が感じさせているものだと学んできた。それを認めて、神だけが現実であると実感できることが、学習の目標だった。

けれど、マンションを売ること、新しい住まいを探すこと、契約を進めること、リフォーム、引っ越し、それに伴う諸々の手続き、新居を落ち着かせること…、渦中にいる時はそれらすべてが逐一リアルで、ゲンジツゲームの主人公に成りきって登場キャラに助けてもらったり格闘?しながら前進してきた。

とくに自分でも意外だったのは、引っ越ししてから、レイアウトやコーディネート、DIY等、自分なりの“心地よい空間づくり”に夢中になっていたこと。とても、幻のようなものだから頓着する必要はないなどとは思えなかった。

今はそれも一服して、定位置が決まった机でACIMワークブックを前にして、自分がACIMとゲンジツの狭間にいてどっちつかずの状態だと気づく。

いつもどっちつかずだったけど、しばらくゲンジツだけの世界にいたから、そっちに同調しちゃっていたのかな。

教えを踏まえて、どう生きていったらよいかがわからない

『奇跡講座』(ACIM)は、素晴らしい。最高の智恵だと思う。しかも絵空事ではなく、この世に適用することによって、この世での人生もよくなっていく。

そう思っている。

その一方で、この世でワークブックの教えを踏まえて、どう生きていったらよいか戸惑う部分も多い。

適用の仕方がよくわかっていないんだ、私。

たとえば、家族や友だちとのやりとりでも、ACIMの価値観をベースに応えてしまうと、ちぐはぐしてしまう。冷たい人、ドライな人だと思われかねない。

逆に、少々大げさでも「そうだよね~」「それは大変だったね~」と“常識的に”共感すると、受けがいい。

心はACIMを信じながらも、この世では臨機応変ということだろうか。

ACIM原理主義者では無一文になってしまう!?

また、私はこの3年くらい、徐々に経済活動や働くことからも退いてしまい(自然と受注が減った)、預金を崩しながら生活している。

今は他に学びたいこともあるし、それはそれでよしとしてきたけれど、さすがにずっとこのままというわけにはいかない。

私が尊敬するACIMの先輩学習者で、Kindle版でACIM和訳&解説書『A Course in Miracles Workbook精読』を出版なさっている大畑学さんは、レッスン105の解説の中で、

「誤解のないように言っておきたいのだが、ACIMは、たとえばお金のやり取りや経済活動を否定して、それを止めよ、と言っているのではない。それが幻想社会における歪んだやり取りだと認識せよ、と言っているのだ。

もしもACIM原理主義者に陥ってしまったら、無一文になって道ばたの草を食って生きるしかないではないか。それもまた、歪んだ認識なのだ。」

と書いておられる。

経済活動を否定しているわけではまったくないけれど、お金を得るには労働や時間を提供してだれかのニーズを満たすことが必要で、この世を幻想としつつ、どうやってそのゲンジツと絡んでよいか、よくわからないのだ。

今のところ、「道ばたの草を食って生きる道」まっしぐら(*˃ᆺ˂) って感じだ。

今後のお題はACIMをベースに周りと関わること?

対象をリアルにしないで、どう絡めばよいのか。

それがわからない。

0か100に偏りすぎているのかな?

「ACIM原理主義者」と「真っ当なACIM学習者」の違いも不明。

そもそも原理主義者じゃまずいのかな?という気持ちもある。

やはり、自分の中に2つの視点をもつことが大事なんだろう。

私が少しはACIMを学べたかのように感じていたのは、ただ内向きで心の内で学習してきたからなのだ。

ACIMの価値観とゲンジツ社会との折り合いをつけながら、前よりも外向きになって社会や周囲と関わること、が次のお題かな?

転居はがきと、そのリアクション

2018-07-21

連日猛暑のニュースが続き、キャスターの方が熱中症に厳重注意を呼びかける2018年の7月。今日も暑い。これぞ真夏。

熱中症予防に「エアコンを使いましょう」と呼びかけられるが、一日中ともなると電気代が気になってしまう。前は2DKにエアコン2台だったけど今は大きめのワンルームっぽい部屋に1台なので全体を冷やすのがもったいない気も。

幸い風通しがよい角部屋なので、服装で凌いでいる。

パフスリーブの薄いTシャツ、ひらひらのミニスカートに、ポニーテールと10代か20代の女の子みたいな格好で、音楽アプリから流れる夏の歌を聞いている。

外でこんな恰好をしていたらさぞかしイタイ人だと思われるだろうが、ひとりなのだから構わない。熱風を背後から浴びながら南国気分!?で、パソコンに向かっている。

だけど、悲しいかな、こんなに暑くうだるような日でも、腹巻きをしていないと、お腹を壊してしまう。冬はもちろん夏でも腹巻きは必須。

は~、恰好若くして気分もアップするも、所詮胃腸虚弱な50代の私。

転居のお知らせとそのリアクション

先週末、ようやく「転居のお知らせ」はがきを出した。

私が住所を知らせなくてはならない人はほんとうに限られるが、誰に出して誰には出さないなどを考えるのが面倒くさくなり、年賀状を交わしている住所録の方すべてに出した。

私はこれまで「転居のお知らせ」は業務連絡みたいなものだと考えていて、それに反応するという発想をしたことがなかったが、何人もの方がリアクションしてくださって、ちょっとした驚きとなつさしさ、喜びがあった。

「Facebookやってないの~?」とメッセージをくれた昔の友人、「久しぶり」「お引っ越しなさったの?」とメールをくれた方々。前は家でタロット占いをしていたので「またタロットやりたいわ」と言って下さる方。暑中見舞いのおはがきとして返事をくださった方等々。

いとこもメールをくれ、「うちの母がおばちゃんから、たまちゃんは前の住まいの○○や△△がたいへんで嫌で引っ越したって聞いてましたよ」と、話に尾ひれがついて大げさになって伝わっている。おしゃべりな人たち(>_<)

近況を知らせてくださる方々もいて、「仕事が大変だけど頑張っている、これからこうしたい」という目標あり、病気をしてプチリタイアしているという少し心配なお知らせあり、また丁寧な手紙をいっしょにある宗教の小冊子を送ってくださった方もいた。

みんなマメでまじめだな。

ここ3年くらい周りとは没交渉で引きこもっていたけれど、前の私はもっと社交的だったんだな、と思い出したりもした。

何枚かのはがきは、「あて所にたずねあたりません」と返ってきた。住所をまちがえるということはないはずだけど、引っ越しなさったか…。元気ならいいのけど。

ようやくACIMワーク再開

ようやく、マンション売買P→引っ越し&片づけPを済まし平生になってきた。

そしてやぁーっと今朝からワーク(L195)を再開した。

こんなに離れていても平気どころか解放感があって楽しかったなんて、私にACIMは必要ないのかな?と思ったりもしたけど。

なりゆきまかせだけど、またぼちぼちいこうかな。

旧居の近くへ、髪を切りに

2018-07-20

引っ越しをしなかったもう一人の自分がいる?

昨日、髪を切りに旧居の駅近のおしゃれな?格安カット店に行った。

カットが終わった後には、なじみのリサイクル服の店に寄った。

Tシャツ2枚、チュニック2枚、ワンピース1枚、スカート1枚、6点でしめて1,470円也。

リサイクル店といっても、新品も紛れていてうち4枚はタグが付いた新品だ。中には2万円のタグがついた105円商品もあった。こうなると、元の価格の意味は何だかわからなくなる。

旧居の近くの景色はやはりなじみがあって、思わず前の家に帰りたくなった。体内時計ならぬ“体内空間”とでもいうのか、無意識に染みついたものがあるみたい。もっと近くまで行ったら吸い寄せられそうだった。

あぶない、あぶない…

そこで、ふっと、思った。もしかしたら、家にはまだ“引っ越しをしなかった私”がいるんじゃないか、と。

今年の夏は半端ないと、仕事部屋にエアコンを付けてパソコンに向かっている私。「ほんと暑いわね~」と、ご近所さんもいる。

そっちの自分は、引っ越しではなく前の家でそのままずっと住むことを選んだ自分だ。

この同じレイヤー(層)にいるかどうかわからないけど、そういう私がいる。

たまたま、今私がいる世界では、今の私にスポットライトが当たって、こっちがリアルということになっているけれど、その陰には、それこそ、無数の選択肢を可能性を生きている自分が暗闇のままにいるのではないか。

ふっと。そんなふうに感じた。

アスファルトからの照り返しで朦朧としていたせいなのか。

私が旧居の近くに行くのを「あぶない」と思ったのは、この暑さで、レイヤーの境目が解けて、違う層の自分に思わず会ってしまいそうだったからかも??

ようやく『神の使者』を読み始めた

新しい地でひとり暮らしで定職もなくいる私。『奇跡講座』からも離れている。そういうかげろうのような身だから、どんどん自分が薄まっているのかな。

帰宅後、買ってきた服をとっかえひっかえ着てみたら、エアコンなしで過ごすための暑さしのぎの家着だったにもかかわらず、けっこういい感じだった。

なので、もったいなくて、まずは外着にしよう、と思った。そうなると、デザインはふだん選ばないような大胆なものもあって、照れくさくなる。

ここで、ちゃんと自分を濃くしていきたいと思う。

人一倍俗世界には愛着がある私が、ずっとこの世を幻想だと思う練習をしていて、今は、自分が生きているここでどういう役どころでどう振舞ったらいいのか、よくわからなくなっている。

今ここから、手さぐりだけど、自分をつくっていきたいと思う。

そうそう、やっと昨日から、『神の使者』を再読し始めた。これ、私にとってACIMワークに戻る儀式のようなものかしらん。

美しさと強さと情熱のおすそわけ

2018-07-17

生花をもらったので、花かごにした

家の中に、生花の花かごがある。

おととい英会話の美人先生が空手の道場開きをされるというので、受付のお手伝いに行った、そのお祝いの花をおすそわけしていただいたのだ。

ちょうど、友だちからもらった引っ越し祝いのフラワーアレンジメントがしぼんでしまったので、そのスポンジにブスブスッと刺していった。アレンジや刺し方はめちゃくちゃだけど、生花の存在感に勝るものはないと思う。

ゆり、ばら、ガーベラ、カーネーション、グラジオラス、赤い実の何か…

赤とピンクが中心で、なんとも女性的で魅惑的だ。

ゆりがそこはかとない甘い香りを漂わせている。

家に花があるっていいな~

暑いから、あんまり持たないんだろうけど。

色と香りに惹かれ、何度も見てしまう。

赤い花は、美しく情熱的な先生にぴったりな気がした。

先生の生き方に刺激を受ける

私が先生の英会話クラスに参加しだしたのは、去年の4月からだ。1レッスン500円という破格の安さ。月2回。出欠届け不要。来たかったら、500円握ってくればいい、という気安さでゆるく続けてきた。

先生はルーマニアの方だ。

先生が、空手をやっておられるのはなんとなく知ってはいたけど、道場開きなるものに行って、空手を11年も続けておられることを知った。

大勢の空手関係者の方も来ておられ、先生への三段の授与式や、基本の型の演習もあった。何十人かの空手家の方が、そろって型をする姿は、えらい迫力だった。

英会話の先生は、自分の好きなこと、嫌いなことがはっきりしていて、チャレンジングな方だ。姿勢がよく美しく自信にも溢れている。

そういう方だから、異国でも友だちを作り根を這って生きていけるのだろうし、空手の世界でもどんどん自分の道を切り開いていっているのだろう。

きっかけを自分から作って、周りを巻き込みながら実績を作っていく。ご自身のキャラクターで、そういったことが自然にできてしまう。

関係者の方のあいさつや周りの方々とのやりとりから、改めてその先生の生きる姿勢を目の当たりにした。

人と自分を比較しても仕方ないけれど、内向きでチャンスがあってもスルーしてしまいがち、先細りな私とは大違いだ、と思った。

先生が眩しいような、うらやましいような?

いや、私にはとてもそんなパワーはないけど。

だけど、とっても刺激を受けた。

要は、自分の気持ちからなのだ。

これ中学生くらいの時に感じるようなことだけど。

もとい、いくつになっても、その人のいる、そこからだ。

歳を重ね、ますます、社会的な自分に自信がもてない今の私だからこそ、先生の姿勢を見習いたいと思った。

言葉が不自由なく伝えられる日本にいるというのに、私は何をおどおどしているのだろう。

とっても女性的で美しく、かつ、強さと熱を合わせもつ花かごを前に、その甘い香りを嗅ぎながら、私もいまここから自分の道を開いていきたい、と思ったよ。

 

気づけば、『奇跡講座』から離れて1ヶ月

2018-07-12

「それこそが赦すべきこと」

一昨日、オウム死刑囚の死刑執行に「死刑って辛い」と書いたけれど、その夜ふとんに入ってから暑さで寝苦しく何度も寝返りを打ちながら(エアコンつけてない(^o^))、そのたびに「それこそが、私が赦すべきことだ」と感じていた。

オウムも、死も、死刑も、すべて実在のものとして、自分の恐怖心や罪悪感、同情心などが動いていたのだから。それは、私が学んできたことと違う。

『奇跡講座』を離れて1ヶ月、この世の場所づくりに夢中

引っ越し前日から、この1ヶ月、『奇跡講座』(ACIM)から離れていた。最後にワークをやったのは、6月13日のレッスン195だ。

ばたばたしていて心身ともにゆとりがなかったのと、環境が変わり落ち着けなかったので、ワークをする気にならなかった。そして、だんだん「敷居」が高くなってしまっていた。

しかし、ACIMから離れていることが不都合でも寂しくもなかったことに、自分自身ちょっとびっくりでもある。

それどころか感じていたのは、「解放感」だった。ワークをしなくちゃ、というのが、たいして時間を取るワークでなくても、けっこうプレッシャーになっていたのか。かなり緩慢にやっていたのだけど。

そもそも、ACIMは自分の生活になくても困らないくらいの、そんな存在だったのか。

なすがままに任せてみたら…というより

その間、意識が向いていたのは、片づけと家づくりだ。家づくりというと大げさだけど、物干しざおや食器の水切りかご、傘立てといった新居に足りないものを買い揃えたり、Amazonから来たテレビを設置したり、クローゼット内の収納を工夫したりと、家を自分なりに整えること。

新しい場で、なんとか、「これでまぁ、落ち着ける」という状態にしたいとあれこれ試行錯誤し、気づけばACIMから離れて一ヶ月も経っている。

やっと、こうしてパソコンに向かうのにも慣れてきた。

そろそろ、高くなった敷居を超えるため『奇跡講座』の再読を始めようかな、と。

余裕はないはずなのに、余裕である。

あとしばらく、なすがままに任せていたら、どこに向かうのかを見てみたいような気もしている。

というより、動こうにもただ目先のことだけしかできないだけなんだけど。

オウム死刑囚の死刑執行、死刑って辛い

2018-07-10

オウム死刑囚、死刑執行のニュースに思う

先週、7月6日土曜日の午前、オウム真理教の教祖麻原彰晃ら7名の死刑囚の死刑が執行されたとのニュースが流れた。

オウム…。当時のオウム集団の異様さを思い出した。地下鉄サリン事件、松本サリン事件、公証人役場事務長殺害事件、坂本弁護士一家殺害事件…。

これほどの凶悪な事件が、教祖麻原彰晃の教えに導かれて一見どこにでもいる普通の人のように見える信者らによって実行された。

オウムがヨガ教室から組織を拡大させていった頃は、私は20代前半。その頃からいわゆる「スピリチュアル」というものが流行り出していた。

私もそういうことに詳しかった友だちに、シャーリーマックレーン著、『アウト・オン・ア・リム』という本を紹介され、それ以降誘われるままにいろんなセミナーみたいなところにも参加したりしていた。

まかり間違えばオウムのヨガ教室にも行っていたかも?

しかしー。

高学歴の信者が多かったことから、マスコミの人は、口々になぜ彼らが麻原彰晃のような人物に洗脳されのか、と不思議がったが、私も同じように思った。

どうして、あんな気色悪いおっさんに身も心も捧げたのか。洗脳というものはそれほど影響力を持ちえたものなのか。

なぜみんな理想や志はあったはずなのに、道を誤ってしまったんだろう。

私は死刑には反対

死刑とは、もっとも重い刑。文字どおりその人を死なせる(殺す)刑だ。

オウムの教祖麻原彰晃こと、松本智津夫その人以上に、この刑にふさわしい人はいないだろう。

それでも、私は、死刑執行には反対だ。

なぜなら…

ひとつは、テレビに出ていた専門家?も言っていたけど、オウム事件とは何だったのか、事件の核心部分を知っている人たちがいなくなってしまうから。

側近中の側近と言われ、地下鉄サリン事件当時25歳だった井上嘉浩は48歳になっていた。その心のうちでは、今は何を思っていただろう。

日本人はまじめで忠誠心が強いというが、それが間違ったボスの顔色を伺うような事件が最近も頻繁に起きている。オウム事件を特殊なこととして片づけられないような気がする。

二つ目は、死刑とは結局は人を殺すことだから、その執行には、死刑囚とその家族や執行人を初めとする周囲に、新たな恐怖と悲しみ、罪悪感が生まれるから。

以前、ニュースの中で死刑執行の仕方みたいな特集をやっていて、それをつい見てしまった。その残酷さに衝撃を受けた。

死刑囚は、刑の執行を当日の朝言い渡されるという。そんな環境下で人間は正常な精神を保って生きられるのだろうか。生死のコントロール権を握られ、究極の人権侵害下に置かれているようにも、思える。

執行人は、3名のうちの誰のボタンが踏み板を外すしたのかわからないようになっているとか、執行の補佐には特別な休暇が与えられるとか。

見ているうちに、自分が死刑囚の立場になったり、執行人になったりして、とても怖ろしく感じた。

罪を犯した人は、愛情なのか自己肯定感なのか何かが欠けていたから、誤って罪を犯すことになったのだと思う(ここでは『奇跡講座』の考え方からすっかり離れてしまっている)。本当はその欠落感を満たさなくてはならないのに、命までも奪ってしまうとはむごすぎる、と思ってしまう。

もちろん、被害者感情への配慮も必要なのだろうけど、それでも、誰かが殺されたことがよかった、ハッピーとはならないのではないか。

私たちはみな死刑囚?死とどう向き合うのか

私がこんなに死刑に反応するのは、私が死を怖がっているからなのだろう。死をリアルにしている。

これは、言い過ぎかもしれないけれど、広い意味で言えば、私たちはみんな「死刑」を背負って生まれてきて、「死刑」を背負って生きている(もちろん、これは、この世的な見方で、本当は、死はない)。

だた、それがいつかであって、まさか明日言い渡されることはない、と思っているから、正気を保っているだけなのだ。

私が『奇跡講座』に関心を持って学びたいと思った一番大きな理由は、その情報が正しいと感じたからだ。だけど、二番目か三番目には、死の恐怖をやわらげたいと思っているから、というのもあるのかもしれない。

私たちは個々の存在を体験しているが、もしかしたら生が一時の泡のような幻で、死が恒常的な状態なのかもしれない。

それは、本来は怖れるに足らないことだと思う。その過程で苦しむ必要もない。

死をどう見るかは、その人の人生観そのものだ。

『神の使者』では、みんな自分の死ぬ時も(意識下で)決めてきているというけど、オウム死刑囚もそうだったのかな。

私は、さっきまで生きていた7人が法の元に殺されたというのは、やっぱり辛い。執行のその瞬間まで、すごくすごく哀しく、すごくすごく怖かったんじゃないかと思うから。

かわいいお花もらった

2018-07-05

友だちとランチ&おしゃべり

昨日、久しぶりに友人とランチした。

何にもない時にただランチだけしようと会える関係って、私にとっては貴重だ。各々しゃべりたいことをしゃべって、どんどん話題が流れていく。その何でもない話に癒される。

私、ほんとは、もっともっとおしゃべりしたいんだと思う、たぶん。でも奇跡講座を学び出してその価値観が自分のベースになってからは、こんなこと共感し合えないよね、という思いがあって、無口になった。

気づけば、人とどうしゃべればいいのかも、わからなくなっている。

奇跡講座の価値観をベースに話すと、浮きまくること必至だから、決して、そんなふうには話さない。

昨日会った友人には、『神の使者』や『奇跡講座』の話もしている。私のおすすめで『神の使者』も買って読んでくれた。

でも、その価値観はなかなか受け入れがたいと言ってた。その後、あえて本の中身について話題にしたりはしていない。

そうだよね。私も逆の立場だったら戸惑うと思う。

親しい友人にも、奇跡講座の中身の話をすることはない。

私自身、この世の価値観と、奇跡講座の価値観、両方の間を行ったり来たりしている。そして、引っ越ししてからは、奇跡講座から離れているから、この世寄りになっているかな?

きれいなお花、ありがとう

友人から、引っ越し祝いにかわいいフラワーアレンジメントをもらった。

黄色とピンクと、水色と。

色がかわいいな。

生花って、なかなか自分では買えない、ぜいたく品だ。

ベランダにあった植物を全部入れて、ワイルドになった部屋の中で、このお花はひときわかわいく見える。

黄色いガーベラも、ピンクのバラも、きれいなマンダラになっていて、眺めていると、自分もまあるくもどっていく…。

そういえば、歩きながら、まあるくなるのと、総合的にすべてを満たすのとは、別物だな、と考えていた。

学校では総合的に全部を満たすことに力点を置いているけれど、人生では自分なりにまあるくなればいいんだよな、などと意味もなく考えていたことを、今思い出した。

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