レッスン52-レッスン6~10の復習

2016-08-16

親離れできていない中高年シングル(バツあり)

まだ富山にいる。明日帰京する。

故郷や家族というのは不思議なものでわずか数日でも、独特のにおいや雰囲気に引き戻される。

早朝4時半、母の罵声で目が覚める。

「この子は本当に頭が悪い子だ。なんで下まで下げるのか」

何のこと?

私は隣の和室に敷いたふとんの中でまどろんだまま状況を推し量る。どうも昨夜居間のルーバー式電動シャッターを下まで下したのが、母の意にそぐわなかったらしい。「電気代はかかるは、風は通さないわ、いいことない」

後で確かめたところ1、2㎝開けておくのが好み(?)らしい。ゴミの捨て方、スリッパのはき方、換気扇を付けるタイミング、戸の開け閉め、実家には母が独自に決めた細かいルールがあり、私はそれがなかなか覚えられず、四六時中叱られるはめになる。

「何細かい事言って」とはいい返したりもするが、たいがいは口答えをすることもなく「はぁ」と気の抜けた返事をする。母は80歳、娘の私はすでに50半ばだというのに、その関係は私が故郷にいた高校生までの頃と大きくは変わらない。

私が自分の主張を表さず「感情のシャッター」を下すのは物心ついた頃からの性分だ。どちらかというと頑固な方で決して納得しているのではない。だが、生まれて初めて出会った人間である、若かりし母が私にとって絶大な力を持っていたから、戦うことなく自分の気持ちを内に秘めたまま黙りこくり自衛するくせがついた。

結婚して母となって母と真っ向からぶつかって覇権を勝ち取った妹とはちがって、中高年シングルの私は実家では子どものまま。下手なことをして叱られるよりは、母の判断を仰ぎその指示を実行しておく。

18歳で首都圏の短大入学のため実家を出て、24歳の時、ここ富山でお婿さんをとる形で結婚した。でもうまくいかず翌年離婚した。

保守的な土地柄、世間体を重んじる母にとって、私の離婚は忸怩たる思いだったと思う。

あれは今から覚えば、母への遅い反抗や仕返しの意味も含まれていたかもしれない。

今、実家に跡継ぎはおらず、私は孫の顔を見せることもできなかった。「あんたの子がいたら、さぞかしかわいかったろうに」と漏らす老いた母に、心のなかで「ごめん」と言う。

母と二人でお墓参りをする。このお盆の頃は私の心がもっともざわつく季節である。

でも、ふと我に返ると、ACIMに先祖や子孫という概念あったっけ?、いや先祖や子孫どころか過去や未来も実相にはなかった、と思い出す。

レッスン52-レッスン6~10の復習

13日、14日、レッスン52をやった。レッスン52はレッスン6~10の復習。

6)私が動揺しているのは、存在しない何かを見ているからである。

7)私は過去だけを見ている。

8)私の心は過去の考えにとらわれている。

9)私は何も今あるがままに見ていない。

10)私の考えには何の意味もない。

レッスン6~10がこのような主題概念だったことをすっかり忘れていた。

そして、以下のようなそれぞれのワークの説明がいちいち心に刺さった。

6)私が動揺しているとき、その理由は常に、私が自分で作り上げた幻想を代替としてしまったからである。

7)過去を理由にすべての人やものを責めて、彼らを私の敵としている。

8)私は自分の心の中に現在が姿を現すのを防ぐために過去を見ているということを、思い出せますように。自分が神に対抗して時間を使おうとしているということを理解できますように。

9)見ることができるものは、今あるものだけである。選択肢は過去を見るか、現在を見るかではなく、見るか見ないかだけである。

10)私には私的な考えというものはない。それなのに、私が自覚しているのは私的な考えだけである。(中略)それらは存在していないのだから、何も意味していない。

私は、自分ひとりのテリトリーである東京の家でワークをしている時は、「うまく」ワークできてたと思っていた。けど、ただ主題概念の表面をさらっていただけだな、と思う。それはそれで、ACIMの考え方を浸透させる上では意味があったと思うけど、私の心は過去という赦すべき幻想でいっぱいだ。

そして強大だった母が老いることに不安も感じていて、未来という幻想にも怯えている。

ACIMの世界と、このゲンジツの世界、二層を行ったり来たりしている感覚がある。

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